ここから数回にわたり、人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty;以下TKA)についてご説明します。
人工膝関節にはさまざまな種類があり、部分置換術(Unicompartmental Knee Arthroplasty;UKA)という術式も存在しますが、一般的ではないため当記事では割愛します。
今回は一部マニアックな内容も含まれますが、予備知識としては重要と思われます。
少し我慢してお付き合い下さい m(_ _)m
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1.人工膝関節の適応
1)手術適応
膝の痛みや可動域制限によって日常生活に明らかな支障がある場合に適用されます。
「痛くて長時間歩けない」
「階段の昇り降りが難しくなった」
「立ち座りがつらい」
などが理由です。
特に「痛みの緩和」が主たる目的となることが多いです。
軟骨の摩耗による関節変形が、手術の必要性に直接つながるわけではありません。痛みの強さと変形の程度は必ずしも一致しないからです。
主な適応疾患は変形性膝関節症ですが、関節リウマチ等でも用いられます。
2)対象年齢
60~65歳以上で適応になるのが一般的。平均手術年齢は75歳ぐらいです。
症状がピークになるのがこれぐらいの年齢ということもありますし、コンポーネント(構成部品)の耐用年数が15~20年と云われているのも理由のひとつでしょう。
2.人工膝関節の基本構造
1)コンポーネントの材質
※画像引用元:大室整形外科 脊椎・関節クリニック|姫路
大腿骨・脛骨コンポーネントは、TKAの主要パーツです。
チタンやコバルトクロムなど、衝撃・摩耗・腐食に強い素材で出来ています。
脛骨インサート・膝蓋骨コンポーネントは、それぞれの関節面における軟骨の代わりをしてくれるものです。
超高分子量ポリエチレン、すなわちプラスチック製です。
2)コンポーネントの種類と特徴
多くの種類がありますが、ここでは最も一般的なCR型とPS型についてご紹介します。
①CR型(Cruciate Retaining type)
※画像引用元:やまだリウマチクリニック|yamada-rc.com
患者さん自身の後十字靭帯(PCL)を温存するタイプです。
年齢が比較的若く、関節変形も軽度な人に用いられることが多いです。
<利点>
術後の可動域が良好(最大屈曲150~155°)であること。正座が可能になる症例もあるようです。
また、骨密度が良好であれば、コンポーネントを設置・固定するための「骨セメント(樹脂製の接着剤)」が不要です。
※骨セメントはまれに人体に悪影響を及ぼしたり、後々コンポーネントのゆるみの原因になることがあります。
<欠点>
温存した靭帯の張力をうまく調律させる必要があるため、手術の難易度が比較的高いとされます。
また、膝の動く範囲が広いということは、その分不安定にもなり得ます。
私自身の臨床経験から言わせて頂くと、正座を目標にするのは、多くの症例では「行き過ぎ」のような気がします。
術前の状態がさほど悪くない若年者の場合は例外ですが。
②PS型(Posterior Stabilized type)
※画像引用元:やまだリウマチクリニック|yamada-rc.com
後十字靭帯を切除して設置するタイプです。
高齢者で関節変形が重度の場合、十字靭帯は大なり小なり傷んでいるため、PS型が用いられることが多いです。
ややマニアックな話ですが、人体の膝が曲がる際には通常「転がり&滑り運動(ロールバック)」が関節面に生じます。
これには後十字靭帯が重要な役割を果たしているのですが、PS型では『ポスト・カム機構』によってロールバックを補償しています。
<利点>
手術方法が比較的容易であり、術後成績も症例によるバラツキが少ないことが挙げられます。
<欠点>
術後の可動域はCR型よりも少ない(最大屈曲120~130°)です。
また、ポストとカムの接触によって生理的な屈曲運動を促す構造上、ポストの折損トラブルも起こり得るのですが、発生頻度はまれです。
『ポスト・カム機構』はコンポーネントに負荷が掛かりやすいため、設置には骨セメントが必須となります。
ともあれ、120~130°も曲がれば、イスからの立ち上がりや階段昇降などの日常生活に大きな支障はありません。
ゆえに、一般的な年齢層の患者さんの場合、PS型が選択されるケースが多いです。
今後手術を検討されている方々には、どちらのタイプを用いるのか(その理由も含め)、しっかりと医師の説明を受けることをお勧めします。
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3.近年の術式について
TKAは全身麻酔で行われ、執刀時間は1~1時間半ほど。
麻酔の導入など全て含めると2時間半~3時間といったところでしょう。
両脚同時に行う場合もありますが、執刀時間はざっくり2倍掛かると考えて下さい。
1)最小侵襲手術
かつては、膝の直上に15~20㎝の皮切(ひせつ)を加えていました。
皮切が大きいと、当然ながら術後の皮膚の癒着・炎症・痛みも強くなり、可動域・筋力の回復にも悪影響を及ぼしてしまいます。
そこで近年では、最小侵襲手術(Minimally Invasive Surgery;以下MIS)が広く用いられるようになりました。
手法はさまざまですが、MISの特徴は以下の通りです。
◆皮切は8~10㎝程度。
◆内側広筋に2~3㎝の切開(または完全に温存し、関節包の切開のみ)。
◆膝蓋骨の脱転(裏返す)などの操作をしない。
MISの普及により、術後リハビリでは機能回復が速やかになりました。
が、一方「術野が狭く手術手技が難しい」といったデメリットもあります。
また、肥満・重度の関節変形・再置換術の患者さんにも適応しにくいです。
そのため、術野が広く技術的に簡易な従来の方法をあえて取り続ける整形外科医もいるようです。
2)コンピューター支援手術
3次元CT画像をもとに、事前に手術シミュレーションを行います。
術中はそのデータを用いることで、専用のナビゲーションシステムによる正確な骨切り・最適位置へのコンポーネント設置が可能となりました。
※画像引用元:岐阜大学医学部整形外科
さらに、ここ数年では『ロボット支援手術』をTKAに応用する動きもあります。
コンピューターを活用した手術がスタンダードになったことで、術後成績のバラツキが減少したように思えます。
TKAは、現在では整形外科手術として最もポピュラーな部類に入ると言えるでしょう。
実際、TKAやTHA(人工股関節)では執刀医の腕前に左右されることがひと昔前より少なくなった印象が私にはあります。
あくまでもPT目線ですが…😅
続きは次回とさせて頂きます… m(_ _)m
<次回予定>
人工膝関節置換術について…②術後のリスク
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