すなおのひろば

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【変形性膝関節症とともに生きる:その6】人工膝関節置換術について…②術後のリスク

f:id:sunao-hiroba:20211126195639j:plain人工膝関節全置換術(以下TKA)は整形外科手術の中でもポピュラーな方法であり、適応を誤らなければ患者さんにとって有用なものです。

ただ、どんな手術でも100%安全ということはありません。

そこで今回は、TKAに伴うさまざまな術後リスクについてご説明します。
手術を選択するための判断材料になれば幸いです。

※TKAの危険性をことさら煽るものではありませんので、何卒ご理解下さい。

 

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1.術式に関連した合併症

 

1)術後感染症

f:id:sunao-hiroba:20211126211748p:plainTKAの合併症としては最も重篤なもののひとつです。

外的要因としては、手術操作そのものによる汚染。
内的要因としては、患者さん自身の体内にある細菌が異物である人工膝関節に生着・増殖して生じるものです。


健康な人体では、骨・関節の内部は完璧な無菌状態に保たれています。
ゆえに、MRSAなどの細菌に感染すると、それらは人工関節周囲の生体組織を栄養源としてどんどん増殖し、骨を溶かしてしまいます。

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※画像引用元:骨・関節を“診る”サブノート(吉田和則 著・医療科学社)

不幸にも感染を起こしてしまったら、関節内の持続洗浄や抗生剤投与、さらには清掃手術・再置換術といった対処をすることとなりますが、いずれも身体的・精神的にかなりキツいものです。

術後感染の発生率は、私の手持ちの文献によれば以下の通りです。

・初回手術:0.39~2.0%
・再置換術:0.97~5.6%

※出典:『人工関節置換術術後の問題点と続発性合併症』理学療法 2008年8月号

確率にはかなりの幅があり、信頼できるデータかどうかは何とも言えないのが正直なところです。

ちなみに私の20数年の臨床経験の中で目にしたのは2例ほど。いずれも私の担当外の患者さんでした。感覚的には1%に満たないような印象です。

①手術環境によるリスク因子

手術時間が長くなると、感染の危険は高まります。

技術的に難しい術式をあえて選択しない医師がいるということを前回述べましたが、それは「出血量をできるだけ抑えたい」とか「感染リスクを軽減したい」といった合理的な理由もあるからです。

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クリーンルームやサージカルヘルメット(通称『宇宙服』)など設備・環境が適切であることも重要です。

地域の民間病院では、コストダウンのためにこれらの設備を十分整えていないことも珍しくありません。
事前にインターネット等で情報収集をしておくことをおすすめします。

※画像引用元:岐阜大学医学部整形外科

②患者さん側のリスク因子

f:id:sunao-hiroba:20211126202508p:plain関節リウマチ・糖尿病・腎障害など、感染リスクの高い基礎疾患を有している人に対しては、手術判断は慎重にならざるを得ません。

また、上気道感染や虫歯・胆石など、感染源になり得る疾病は術前に治療しておくのが望ましいとされます。
いずれにせよ、術前・術後の抗生剤予防投与は必須となります。

高年齢であるほど危険度が高いのも言うまでもないでしょう。
TKA手術の平均年齢は75歳ぐらい。身体機能的に問題が少なければ90代でも手術が行われる場合もありますが、ゼロリスクはあり得ません。

2)脱臼

「TKA後の脱臼」という場合、その多くは膝蓋骨の外側亜脱臼です。
発生率は、前出の文献によれば1~20%と、これまたデータにバラツキがあります。

人体の膝ではもともと「生理的外反」があることから、膝蓋骨には常に外側へのベクトルが加わっています。

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※画像引用元(右側):骨・関節を“診る”サブノート(吉田和則 著・医療科学社)

手術で骨のアライメント(位置関係)や靭帯・筋肉の張力が変化すると、外側への脱臼傾向がより強まるというわけです。

①手術によるリスク因子

人工膝関節の設置不良が一因。
とは言え、コンピューター支援手術の普及によってその確率は減少したようです。

また、大腿四頭筋を切開する範囲が大きいほど筋力は弱化しがちであり、脱臼のしやすさにつながります。
そういう意味では最小侵襲手術(以下MIS)は有用であると言えます。

②患者さん側のリスク因子

f:id:sunao-hiroba:20211127102907p:plain大腿四頭筋、とりわけ内側広筋(ないそくこうきん)が弱い人は外側脱臼を起こしやすいです。
内側広筋は膝蓋骨を内方向へ引きつける作用があるからです。

術後のリハビリでは膝をしっかり伸ばし、内側広筋を意識して働かせることが大切です。

3)骨折

f:id:sunao-hiroba:20211127103418p:plain骨折の好発部位はコンポーネント近傍であり、後述する「人工膝関節のゆるみ」にもつながるものです。
最悪の場合は再置換術が必要となります。

※画像引用元:骨・関節を“診る”サブノート(吉田和則 著・医療科学社)

高齢で骨粗鬆症が重度な人は要注意。
もちろん、転倒等による衝撃も避けなくてはなりません。

4)人工膝関節のゆるみ(loosening)

コンポーネントのゆるみには先述した細菌感染や骨折など、さまざまな原因が考えられます。

長期経過後に生じるケースでは、コンポーネントのすり減りによる摩耗粉が骨を溶解し、ゆるみにつながるとされます。

コンポーネントの設置に骨セメントを使用した場合は、短期的には固定良好ですが、長期的には摩耗粉と相まってゆるみの原因になり得るようです。

逆にセメント不使用(セメントレス固定)の場合は術後早期のゆるみに留意する必要があります。

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骨粗鬆症や肥満、術後の活動量過多などもゆるみを助長するので要注意です。

5)その他のリスク

コンポーネントの摩耗・破損

f:id:sunao-hiroba:20211127103418p:plain生身の関節と違い、人工膝関節は金属やプラスチックでできた消耗品です。
使用に伴い徐々にすり減りますが、通常は15~20年は持ちます(私の経験上、20年を超えても正常に機能している患者さんも多いです)。

この写真のような例は、主に設置不良(すなわち手術の失敗)か、もしくは極度の活動過多と考えられます。

※出典:『合併症とその対策』総合リハビリテーション 2010年5月号

普通に生活したり、ウォーキング程度の運動をする分には大丈夫なので、必要以上に怖がることはありません。

※一部で「術後はジョギングなどのスポーツも可能」といった学会報告もみられますが、普遍的なケースではないと思われます。

②神経損傷

f:id:sunao-hiroba:20211127110222p:plain伏在神経膝蓋下枝の損傷による膝周囲の知覚障害は、症状の程度に違いはあれど、多くのケースで起こりがちです。
手術の際、膝の前面に切開を加える以上、当該神経を大なり小なり傷つけてしまうからです。

近年MISが普及しているのも、症状の軽減を考えての事でしょう。

③金属アレルギー

確率としては1/5000~1/10000程度とされます。

リスクのある患者さんにはセラミック(陶磁器)製のコンポーネントを適用することもあるようです。

④骨セメントによる心機能抑制

骨セメントの化学成分によって生じる副作用です。

一時期マスメディアでも話題になりましたが、心停止などの重篤例はごくまれです。

 

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2.静脈血栓塞栓症

TKAに限らず、THA(人工股関節)や骨盤・下肢の骨折手術、帝王切開術などでもリスクが高いとされています。

命に関わる重篤な術後合併症の代表格と言えるでしょう。

1)深部静脈血栓症

手術で生じた血のかたまり(血栓)によって脚の血行障害を起こす。

2)肺血栓塞栓症

脚の血栓が血流に乗って肺の動脈に詰まり、呼吸・循環不全を起こす。

上記2症候は一連の病態であることから、併せて

静脈血栓塞栓症(Venous Thromboembolism;VTE)

と総称します。

一般的に『エコノミークラス症候群』とも呼ばれるものです。

f:id:sunao-hiroba:20211126210318j:plain対策としては、抗凝固療法や脱水症予防、弾性ストッキングの着用などがあります。

術直後はベッド上で、脚をマッサージするエアバッグのような機器を装着します。「間欠的空気圧迫法」と言います。

術後リハビリの初期段階では、足首を積極的に動かして筋肉のポンプ作用を促すこと。
できるだけ早くベッドから離れ、歩行練習を進めることも重要です。

脚の血流を促進するには、歩くことが一番ですから。

 


続きは次回とさせて頂きます… <(_ _)>

<次回予定>

人工膝関節置換術について…③手術に踏み切るタイミングを考える

 

 

 

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