私がPT経験8年目ぐらいの頃だったと記憶しています。
たまたま、3名の上腕骨骨幹部骨折の患者さんをほぼ同時期に担当することとなりました。
いずれも20代の若い方々で、骨折の状況もまちまちです。
日々の診療の中で、患者さんとのコミュニケーションを通して私自身も勉強になったり、色々と考えさせられることが多いものです。
今回は最初のひとり、Aさんについてのお話しです。
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1.はじめに…上腕骨骨幹部骨折とは
1)骨折の原因と種類
上腕骨(じょうわんこつ)とは、肩関節と肘関節の間をつなぐ「二の腕」の骨です。
骨幹部(こっかんぶ)は、その中央部のことを指します。
上腕骨骨幹部骨折は交通事故などの外傷の他、「投球骨折」や「腕相撲骨折」など、骨幹部に対しねじれの力が加わることでも生じます。
例えば、骨幹部に対して真横から衝撃が加わった場合は「横骨折(おうこっせつ)」。
投球動作や腕相撲のように、間接的にねじれの力が加われば「螺旋骨折(らせんこっせつ)」といった具合です。
2)治療方法
ヒビが入る程度、すなわち「亀裂骨折(きれつこっせつ)」であれば、骨が癒合するまでギプス固定のみで様子を見るという場合もあります。
一方、ズレが明確な横骨折や螺旋骨折の場合は、手術療法を選択することが多いです。
写真右側はプレート固定、左側は髄内釘(ずいないてい)です。
どのような手術方法を選ぶかは、骨折の場所やズレの程度、骨の破片の状態などから総合的に判断されます。
※画像引用元:一般社団法人 日本骨折治療学会
2.Aさんの場合
1例目は、20代前半の男性患者・Aさんです。
Aさんは、体格は華奢で身長も160㎝台前半。
失礼な言い方ですが、いかにも気の弱そうな、大人しい青年でした。
手術方法は髄内釘。術後は、翌日から早速リハビリが始まります。
早期からリハビリを開始できるのも、手術療法の利点です。
1)気になること
上腕骨骨幹部骨折の場合、まれに手の神経麻痺が生じることもありますが、Aさんにはそういうトラブルもなく、肩・肘関節の可動性や腕の筋力なども順調に回復していきました。
ただ…ひとつだけ、ちょっと気になっていたことがあります。
リハビリテーションの際には、PTが介助して腕を上下に動かしたりするのですが、時折チラリと見えるAさんの二の腕には、刺青が入っていたのです。
いわゆる「タトゥー」ではなく、そう、反社会的勢力と云われる方々が背負っている、あれ、です😅
担当PTはリハビリ実施中、患者さんの職業や趣味などについてお尋ねすることがあります。
もちろん、これは個人的な興味で聴取するわけではありません。
骨折部に負担をかけない動作方法など、社会復帰に向けての助言・指導等につなげるためです。
Aさんのカルテの現病歴記載欄には、「仕事中、荷物を運んでいて転倒し受傷…」というようなことが書かれていました。
暴◯団の資金源と言えば、賭博とか債権の取立て、非合法薬物の売買などを思い浮かべてしまいがちです。
私はそちらの事情にはあまり詳しくはありませんが、合法的な収入源、いわゆる「正業」も兼ねて、食いつないでいるのが実状のようです。
Aさんの場合も、どうやら「運送業の従業員」ということのようでした。
2)職場復帰の話
術後2週間が経過し、早くも退院の話がチラホラ出始めた頃…。
退院したら、すぐ仕事に復帰しないといけないのですか?
はい…。今でも「いつ退院できるんや?」って急かされてるぐらいですから。
そうですか。じゃあ、やっぱり重い荷物の運搬とか…。
ええ。倉庫から車庫まで長い通路と階段があるんですけど、重い段ボール抱えて何回も往復して。
すごい効率悪いやり方ですけど、うちではそうなんです。
主治医からは、「少なくとも術後3ヶ月間は、重量物を持ってはならない」と言い渡されていました。
担当PTの私も、その方針に沿って助言します。
あの、主治医から伺っていると思うのですが、まだ重い物は持てないんですよね。
ワケをきちんと説明して、3ヶ月間は事務的な仕事に回してもらうのはいかがでしょうか?
うちの親は、そんなの聞き入れてくれないです。
無理です…。
前後の話の内容から、実の親ではなく「親分」のことを指しているのは明白でした。
う~ん…。じゃあ、表向きには運搬業務をやってることにして、同僚や先輩の方々に協力してもらうとか、できないものでしょうか?
通路にね、監視カメラが付いてるんですよ。
僕らがサボってないか、いつも事務所のモニターで見張ってるんです。
そんな親なんですよ…。
3)裏社会の内情
Aさんの職場(?)の実状は、ここでは記載しにくい内容も含め、生々しいものでした。
早い話、親分さんはかなりの「パワハラ社長」だったということです。
まぁ、「暴◯団=パワハラが具象化されたもの」と考えると、今さらですが…。
職業上のことを伺って以降、Aさんはリハビリ中、裏社会における不条理な出来事や、子分への思いやりなどまったく無い非情な親分に対する愚痴などを、ポツポツと私に話すようになりました。
例の刺青についても、彼の方から自発的に話し始めました。
みっともないですよね、これ…。
背中にも入ってるんですよ。
私は、診療中に患者さんと雑談をするのは基本的に好ましくないと考えています。
他のPTと比較しても会話量はかなり少ない方だと思いますが、ここではAさんの話に付き合うことにしました。
みっともないってことはないですけど…。
いつ入れたんですか?
2年前かな…。彫師にもランクがあって、僕のなんか最低レベルのやつですよ。
暴◯団組員が皆、刺青を入れるわけでもないようです。
ましてや、彼は20代前半。
言い方は悪いですが、まだチンピラと揶揄されるような身分でしょう。
近年では法的にも「反社」に対する風当たりが厳しくなっており、組員に対し刺青を強要する行為も取り締まりの対象になり得ます。
……背中のは、どんな模様ですか?
鯉の滝登りです。
へえ…いいじゃないですか。
全然ですよ。漫画みたいな絵。
恥ずかしくて誰にも見せられないです。心底、後悔してますよ。
……。
私は「いいじゃないですか」なんて、調子に乗ってアホな相づちを打ってしまった自分に嫌気が差してしまいました…。
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3.運命に翻弄されて
文章で微妙なニュアンスを表現するのが難しかったのですが、Aさんの口調は「裏社会の内情を軽薄にペラペラとしゃべる」という感じではありませんでした。
むしろ、心の奥底に溜まっているよどみを絞り出すように、吐露するといった感じでした。
こんな気弱そうな人が、どうしてあの世界に…?
それは私の中で大きな疑問でしたが、もちろん診療とは直接関係の無いことなので、彼には聞かずじまいでした。
少し誤解を招いたかも知れませんが、私は今回の記事で、いわゆる反社会的集団の存在を肯定したり、同情するつもりは一切ありません。
ですが、Aさんをひとりの人間として見ると、色々と思うところはあります。
私自身も、人生の中で様々な出来事に左右された結果として、現在PTという職業に就いています。
決して、すべてのことをコントロールできていたわけではありません。
彼も、自身の努力だけではどうしようもない運命に翻弄されていたのかも知れない。
そう思うと、少し切なくなります。
術後3週を過ぎた頃、Aさんは退院して行きました。
退院後も定期的な通院は必要だったのですが、その後、外来で彼の姿を目にすることはありませんでした。
<後編につづく>
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