B型肝炎ウイルスによる肝機能障害であることが分かり、私は即入院となりました。
もちろん高校はしばらく休学です。
それまで多少の倦怠感などに悩まされながらも、とくべつ不自由もなく暮らしていた私にとって、病気が理由で学校に通えなくなったことには少なからずショックを受けました。
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1.入院生活のはじまり
私が入院したのは、なんと「小児病棟」でした。
主治医の先生が小児科医でもあったことがおもな理由ですが、当時その病院では小児病棟において明確な年齢制限が無く(今では考えられませんが…)、なかには子どもの頃から小児ぜんそくで入退院を繰り返し、20歳くらいで再入院した人もいたほどです。
とはいえ、体格は完全に大人サイズの私に、子どもたちは興味津々といった感じでした。
ズカズカと私の病室に入ってきてベッドの上にちょこんと座りこみ、「おにいちゃん、どこが悪いの?」などと遠慮なく話しかけてきます。
長期間入院している子どもの特徴として、一般の子と比べると、やや「おませ(精神的に早熟)」に感じられました。
閉鎖空間のなかで、看護師さん(その頃は「看護婦」)やお医者さん、ほかの子どもの親御さんなど、つねに多くの大人に囲まれた生活であることも一因だったでしょうし、学年の異なる子どもが混ざりあって共同生活をしていることも「おませ」になる要因と思われました。
それはともかく、入院した当初、私は「なんで俺だけこんな目に遭わなければならないのか…」と、自分のおかれた状況を呪い、悲観したものです。
そして点滴・投薬・安静・食事制限といった、それまで経験したことのないストレスにさらされるのですが、あらためて周囲を見渡してみると、病棟には同じような境遇の高校生がほかにも数名いたのです。
そのうちの一人は、私と同じ高校で、同学年の男子でした。
彼は入院しながら毎日高校に通学していました。
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2.「院内学級」の子どもたち
中学生以下の子どもたちには、病院のなかに「院内学級」というのがあり、彼らはそこで授業を受けていました。
院内学級の先生はとても優しい初老の男性教師でした。
入院生活に慣れてきたころには、私も時々授業に混ぜてもらって子どもたちといっしょに絵を描いたりしていたものですが、高校生の私をあたたかく受け入れて下さり、時には将来の悩みなども聴いてもらったりしていました。
重度な先天性疾患や、小児ぜんそく、ネフローゼ症候群、Ⅰ型糖尿病など、子どもたちの抱えている病気はさまざまでした。
健康なほかの子どもたちとは隔絶された空間で、それでも明るく前向きに、たくましく生きている姿。
私はそれらの子どもたちと比べるとまだ症状も軽く、立場的にも恵まれていたのかもしれません。
病院という空間にこのような世界が存在するとは、うかつにも想像していませんでした。
これは当時の私にとって、まさに「カルチャーショック」だったといえます。
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