私が経験6年目のPTとして、ある病院で働いていた頃の話です。
整形外科外来から、松葉杖指導を患者さんに実施するための指示箋が回ってきました。
その時指導を担当したのは、2年目の若手男性PT「Yさん」でした。
私は自分自身の担当患者さんの診療を行ないながら指導の様子を観察していましたが、そこでとんでもない事態が起こります。
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1.松葉杖オーダーの経緯
余談ですが、その病院のリハビリ部門では松葉杖のオーダーが来た時には順番制で担当することになっていました。
指導の対象となる患者さんは、外来予約など関係なく「飛び込み」で受診されるので、スケジュールに基づいて動いている療法士にとっては少し重荷になるものです。
そのため、意図的に松葉杖指導を避けようとする不届きな(?)PTもいます。
業務負担の公平性を保つためにも、基本的にローテーション担当制にしておくことが必要だったわけです。
患者さんは60歳代の女性「Nさん」で、確か中足骨骨折(足の指の基部)だったと記憶しています。
独居の方で、自宅では家事全般をご自身で行なわなくてはなりません。
脚を骨折した状態での在宅生活には色々と困難が予想されたため、主治医は入院を勧めましたが、ご本人はそれを頑なに拒んだようです。
どうしても自宅へ戻りたいなら、とりあえず松葉杖を試してみたら…ということになり、オーダーが回ってきたという経緯でした。
2.崩壊した信頼関係
私は自分の担当患者さんの診療を行ないながら、指導の様子を観察していました。
過去記事でも少し述べましたが、女性は総じて腕力が弱いため、松葉杖の扱いに関しては男性よりもいくぶん不利と言えます。
まして中高年となれば、運動学習という点でも習得がより難しくなるものです。
予想通り、Nさんは全くと言ってよいほど松葉杖の順序を覚えることができません。
担当PTのYさんも苦笑い。少し困っている様子が伺えました。
すると突然、Nさんが大声を上げたのです。
そんな事言われたって、出来ないものは出来ないのよ! 私にどうしろって言うの!?
ついに「ブチ切れ」状態に。
PTの説明通りに松葉杖を扱うことのできない自分に対する苛立ちからでしょうか。それとも…。
ここで担当のYさんは、あろうことか
そんなん、ボクに言われたって知りませんよ!!
と返してしまいました…。まさに「逆ギレ」です。
Yさんは経験2年目のPTではありますが、技術的には確かであったため、それまで直接的なフォローは控えていました。
しかし、事ここに至っては放置しておけません。
患者さんと医療従事者の信頼関係は、完全に崩壊しています。
私は自分の担当患者さんに自主トレをいくつか提示し、リハビリ助手にそれをフォローするよう指示しておきました。
そして、NさんとYさんの間に割って入りました。
3.遅まきながらのフォロー
Nさんはかなり興奮気味というか、少なくとも冷静に会話ができる状態ではありませんでした。
PTのYさんも同様です。
私は一旦スタッフルームへ戻るよう促し、彼はすぐ従いました。
その時点で、松葉杖指導開始から30分以上は経過していたと思います。
Nさんの話を傾聴しつつ、外来へ連絡し、看護師長を通して松葉杖の歩行様式の簡略化(完全免荷→かかとを接地する部分荷重)を主治医に許可してもらいましたが、時すでに遅し。
Nさんはすでに心身ともに限界に近く、私からも少し指導してみましたが、やはり習得は無理でした。
私は「説得」的な口調にならないよう注意しながら、下記のことを改めてご提案しました。
◆松葉杖で安全に自宅へ戻ることは難しく、在宅でも相当な困難が予測される。
◆当院としては現在空床があり、入院受け入れは可能である。
◆入院に必要な私物(衣類など)の持参は、親族の方に依頼できないか。
入院についてはやはり気がすすまないようでしたが、一方、松葉杖の難しさも身にしみていたことでしょう。
現実を少しずつ認識し始めている様子が伺えたところで、再び看護師長に事の経緯を報告し、もう一度主治医の診察に入るよう手筈を整えました。
そして、最終的にはNさん自身も現状を受け入れ、無事に(?)入院の運びとなりました。
入院中のリハビリは科長が直々に担当。私は科長が休暇を取る時のフォロー役に回り、Yさんは当面の間、関与しないという方針になりました。
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4.「プランB」の考慮は迅速に
Nさんのような患者さんは、医療従事者の立場から一方的に見てしまうと、
「医師の提案にも耳を傾けず家に帰りたいとワガママ言ったあげく、松葉杖が使えないことを医療従事者のせいにして癇癪を起こし、逆ギレ」
まさに招かれざる客、クレーマー…ということになります。
私自身は「患者さんあっての医療機関・医療従事者」という姿勢は常に持っているつもりですが、全ての患者さんに対し「お客様(患者様)は神様です」と言い切ってしまうほど偽善的でもありません。
実際、悪質なクレーマーに遭遇する事もあるからです。
しかし今回のケースでは、そのようなレッテルを貼るのは違うと思いました。
Nさんの既往歴には、心療内科に関わるような疾患の記載はありませんでしたが、不測の事態に対する適応力という点では少し問題を抱えているように感じられました。
そうでなくとも、ケガをしたばかりの人は多かれ少なかれ、身体だけでなく心も傷ついているものです。
それを前提として、PTはできるだけ早い段階で松葉杖習得の可否を判断すべきです
指導が長引けば長引くほど心身の疲労が蓄積し、ますます状況を悪化させてしまうからです。
そして、習得が困難だった場合の「プランB」は、最初の段階で考慮しておかなくてはなりません。歩行様式の変更や、入院の再提案などがそれに当たります。
これらの点で、経験2年目のYさんには少し荷が重い症例だったのかも知れません。
ただし、患者さんに逆ギレするなど論外ですが…。
結果として私のフォローも遅きに失したと言えるでしょうが、ここまではどちらかと言うとYさんの失敗談が主体です。
私の本当の失敗は、このあと起こります…(~_~;)
<後編につづく>
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