私の勤めている老健では、介護度の重度な入所利用者さんのほとんどが、日中はフロアの大広間で車いすに座って過ごされています。
「寝たきりによる弊害」を防止することが主な目的のようですが、全介助レベルの利用者さんは崩れた姿勢を自身で戻すことができず、そのまま何時間も放置されているケースも多くみられます。
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- 1.寝たきり老人ゼロ作戦
- 2.座った形のまま硬くなる膝
- 3.膝から下の異様なむくみ(浮腫)
- 4.座らせきりの介護は今も…
- 5.介護施設のリハビリはこのままで良いのか?
- 6.さいごに… 誰のための介護施設か?
1.寝たきり老人ゼロ作戦
日本は諸外国と比較して平均寿命が長い反面、寝たきり高齢者も飛び抜けて多いということが昔から指摘されてきました。
これに対し、厚生省(後の厚生労働省)は1989年、高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略(ゴールドプラン)の中で『寝たきり老人ゼロ作戦』を掲げました。
寝たきりの多くは、人為的に作り出される「寝かせきり」である。
身体の状態が安定しているなら、どんどん起こしていこう。
というわけです。
この方向性は間違ってはいないと思いますが、当時は
寝かせきりにするくらいなら「座らせきり」にした方が良い。
などといった考え方もマスコミで取り上げられ、正当化されていたフシがあります。
2.座った形のまま硬くなる膝
私は病院勤務だったPT2年目の頃(1999年)、関連施設の老健に数ヶ月間出向したことがあります。
そこで最初にビックリしたのは、膝が伸びない入所利用者さんがやたら多いことでした。
理由は、数ヶ月も勤めていればすぐに解りました。座らせきりの弊害です。
膝が伸びない…。これは、ちょっと専門的に言えば「膝関節の屈曲拘縮」です。
拘縮(こうしゅく)というのは、長期間動かさないでいることにより関節周囲の軟部組織(関節包・靱帯・筋肉など)を構成するコラーゲン線維が絡まって弾力性を失い、硬くなる病態のことです。
例えば、骨折で1ヶ月もギプス固定していれば若い人でも関節は固まってしまい、可動域改善のためのリハビリが必要になります。
ましてや高齢者となると、1週間も同一姿勢で過ごしていればてきめんに硬くなりますし、ひとたび拘縮を起こしてしまうと完全な回復は望めません。
3.膝から下の異様なむくみ(浮腫)
老健勤務でもうひとつ驚いたのは、ふくらはぎや足の甲のむくみ、いわゆる浮腫(ふしゅ)を呈する方が多かったことです。
やはり、車いすに座らせきりの利用者さんにおいて顕著でした。
単純に考えてみましょう。
川がまっすぐなら水の流れはスムーズですが、曲がりくねっていれば所々でよどんでしまいます。
車いす上で股・膝関節が曲がったままの状態も同じで、動・静脈を通る血の流れは多少なりとも阻害されます。
また、人間は立って歩くことでふくらはぎの筋肉をポンプのように使い、脚に溜まった血液を心臓へ送り返しています。
座りっぱなしで脚を動かすことがなければ、当然ながらポンプ作用は働かず、血液は脚の下側に滞ってしまいます。
さらに、車いす座位ではお尻~太ももの裏側が自らの体重で圧迫されるため、大腿部の静脈がへしゃげ、ますます血流を妨げてしまいます。
※画像引用元:All About(オールアバウト)
浮腫にはさまざまな種類があり、心臓・腎臓疾患や悪性腫瘍などでも生じますが、高齢者は特別な疾患が無くとも、心機能や下肢の静脈還流が低下しているものです。
そこに座らせきりによる負荷が加わると、「つつけば水がはじけるような」パンパンの浮腫が完成するというわけです。
4.座らせきりの介護は今も…
あれから20年の時が流れ、今は別の老健に勤めている私ですが、「寝かせきり」よりも「座らせきり」のケア、そして膝の屈曲拘縮と浮腫を目にするのは現在も変わりありません。
事実、入所者は朝食の前になると車いすに移され、そのまま大広間で何時間も座ったまま過ごし、夕食後ようやく自室ベッドに戻れる…といった極端な例もあるようです。
これはもはや虐待に近いです。
座らせきりの介護は、「寝たきりによる弊害を防ぐ」というお題目の正当化に使われる手段でしかなく、実際には「介護スタッフの業務を簡素化するための方策」となっているのが現状でしょう。
第一、利用者さんはそんなにしてまで車いすに座っていたいのでしょうか?
私が高齢者の立場なら、絶対イヤです。
けれども、ここで一方的に介護専門職の方々を非難するのも間違っています。
背景には介護現場における慢性的な人手不足や、業務の煩雑化等によるスタッフの疲弊があるものと思われ、これはなかなか根深い問題です。
5.介護施設のリハビリはこのままで良いのか?
療法士である私たちも、「介護スタッフのケアがなってない」などと批判できる立場ではありません。
利用者さんに関する介護スタッフとの情報共有、また医療専門職としての見解を伝え、全体で統一したケアを行えるよう摺り合わせをするのも、もちろん大切です。
しかし療法士にとって何よりも重要なのは、介護施設におけるリハビリテーションの方法が本当に今のままで良いのか再考し、世間に向けて提案していくことです。
現状、老健では入所者に対するリハビリは週2回で良いという規定になっており、そのうち1回は集団体操のような形でも構いません。
1回当たりの実施時間は、概ね20分です。
※「在宅強化型老健」では週3回。強化型でなくとも入所から3ヶ月間は週3回以上の短期集中リハビリを受けることができますが、条件付きです。
このような介入方法では、自力で姿勢を戻すことのできない「座らせきり利用者さん」の拘縮や浮腫を防止することは不可能と私は考えます。
だいたい、わずか週1回・20分だけ個別リハビリを行うことにどれだけの意味があるのでしょうか?
高齢者に対する運動療法の基本が「少量頻回」であることは、とっくの昔に解っていることです。
私の提案としては、以下のようなものです。
座りっぱなし(自分で歩いて移動できない)の利用者さん全員を毎日巡回し、下記のような運動を促します。
◆膝の屈伸運動(左右10回)。
◆介助下あるいは手すり等を利用しての起立練習。
◆足首パタパタ運動(循環改善の為)。
効率よく行えば1人当たり5分くらいで出来ますし、確実に予防効果があるものと思われます。
しかし、これもやはり介護施設におけるPT・OTの人材不足がネックになるでしょう。
また、このようなやり方では規定通りの介護報酬を算定できないといった問題も出てきます。
私としては「少量頻回リハビリに対する手厚い介護報酬の付与」を求めたいところです。
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6.さいごに… 誰のための介護施設か?
本来、老健は要介護高齢者のために存在するはずです。
利用者さんありきの介護施設なのですから、本当に利用者さんの利益になるようなケアやリハビリをすべきなのに、なかなかそうはならない。
理想と現実とのギャップに悩まされているのは私だけではないと思います。
できない理由ばかり挙げるのは言い訳がましいのですが、私は非正規で雇われていることもあり、従来のアプローチ方法を大幅に変えるような提案については、職場ではストレートには述べにくいというのが本音です。
それでも介護現場のPTとして、立場をわきまえながらも少しずつ声を上げていきたいとは考えています。
拙い記事ですが、同じ悩みや疑問を持つ同業者の方々に何らかの参考になれば幸いです。
最後までご覧下さいましてありがとうございました。
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