先日、プロゴルファーのタイガー・ウッズさんが自動車事故に遭い複雑骨折を負ったというニュースが飛び込んできました。
速報を重視する観点から、このような報道では医療用語が誤用されることも多いようで、一般の方々に誤解を与えがちですね。
そこで今回は、骨折のおもな種類と特徴について述べたいと思います。
※医療従事者にとってはやや物足りない内容ではありますが、一般向けの記事ですのでご容赦下さい。
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1.はじめに
まず最初に、骨折の治癒(骨癒合:こつゆごう)に関する基礎知識を確認しておきましょう。
通常の骨折では、2~4週間で骨折部に骨芽細胞(こつがさいぼう:骨の基になる組織)が集まり、徐々にひっつき始めます。これには『骨膜(こつまく)』が重要な役割を果たします。
骨付きカルビをきれいに食べたことのある人なら、骨の表面を覆っている薄い皮をピーっと剥がしたことがあるでしょう? そう、アレです😊
骨膜を足掛かりとした治癒過程を、骨膜性仮骨(かこつ)形成と呼びます。
骨癒合を促すには、
◆骨膜による仮骨形成。
◆豊富な血流による栄養供給。
◆骨の長軸方向への適度な荷重。
これらが重要となります。
上記のことを前提として、骨折のお話を進めます。
2.骨折の種類と特徴
骨折の種類については、原因別・部位別・形状別などさまざまな分類の仕方があります。
すべて網羅するとキリがありませんので、ここでは骨折形状に焦点を当て、それぞれの特徴と留意点を述べていきます。
1)横骨折(おうこっせつ)
骨の長軸に対し横方向に折れるものです。
※赤い矢印は骨に加わる外力を示しています。
これに対し、斜めなら『斜(しゃ)骨折』、縦であれば『縦(じゅう)骨折』となります。
いずれも骨の長軸に対する骨折線の向きで分類しているわけです。
横骨折では、転位(てんい:骨同士の位置のズレ)を整復し固定すれば、骨の長軸に対しまっすぐ荷重が掛かるので、骨癒合はしやすいといえます。
2)螺旋骨折(らせんこっせつ)
骨の長軸に対し、強いねじれの力が加わることによって生じます。
腕相撲骨折などがその典型例です。
一見すると横骨折よりも重傷のように見えますが、正しく整復・固定しさえすれば、骨癒合は横骨折より良好とも云われます。
なぜなら、骨折部の断面積が比較的広いからです。接着剤で部品をひっつけるのと同じ理屈ですね。
3)剥離骨折(はくりこっせつ)
骨の端には腱や靭帯などが付着しています。
外力が加わると、その付着部が剥がれるように折れることがあります。
足首を捻るとか、つき指などにより生じることが多いです。
4)圧迫骨折(あっぱくこっせつ)
脊椎によくみられる骨折で、尻もちをついた時に起こりがちです。
高齢の女性など骨粗鬆症の人は、尻もちなどの明らかな外傷がなくても重力の影響で徐々に潰れてしまうことがあります。
「いつの間にか骨折」と呼ばれるものです。
普段からウォーキングや日光浴などして骨の強度を保ちたいですね。
5)粉砕骨折(ふんさいこっせつ)
骨折線が複数存在し、骨片がバラバラに分かれているものです。
よく『複雑骨折』と混同されがちですが、折れた骨が皮膚を突き破っているのでない限りは、どんなに粉々に折れていても複雑骨折とは呼びません(後述)。
粉砕骨折では骨片同士の連続性が損なわれており、骨膜の損傷も激しいです。
当然ながら、これは骨癒合に悪影響を与える要因になります。
骨折部位や骨片の状態、転位の程度などにもよりますが、自家骨移植(骨盤など自分の骨の一部を採取し骨折部に植える)や人工骨を補填し、金属プレートで固定するといった方法を用いることもあります。
6)亀裂骨折(きれつこっせつ)
いわゆる「ヒビ」ですね。
転位がなく骨膜の損傷も最小限のため、一般的には治癒しやすいと考えられます。
ただし、亀裂骨折でも見過ごせないものがあります。
例えば、
①手首の「舟状骨(しゅうじょうこつ)」
②股関節の「大腿骨頸部」
③脛骨の下側1/3
などです。
これらの部位は骨に栄養を供給するための血流が乏しく、骨癒合しにくいとされています。
大腿骨頸部については関節包の内側に位置するため、そもそも骨膜に覆われていないというのも癒合しづらい理由のひとつです。
亀裂骨折は、単純レントゲン撮影では見逃されることもあります。上記のような部位に骨折が疑われる場合、CTやMRIでしっかりと確認しなくてはなりません。
万が一誤診してしまうと、時間の経過とともに転位が大きくなったり、いつまでも骨癒合せずグラグラする、いわゆる『偽関節(ぎかんせつ)』になってしまうことも…。
大腿骨や脛骨の場合であれば亀裂でも痛くて歩けないのが普通ですが、手の舟状骨は折れていても動かせるので放置されやすい部位の典型です。
転倒して手のひらを地面につき、その後手首の痛みが続くという場合には舟状骨骨折を疑ってみてもよいでしょう。
「骨折じゃなかったよ。ヒビが入っただけで良かった~」なんて言う人もいらっしゃいますが、たとえヒビでも骨折は骨折。
癒合しにくい骨であれば、亀裂だけであっても金属のプレートやスクリューで固定する手術が必要になることもあります。
※画像引用元:一般社団法人 日本骨折治療学会
肋骨や中手骨(手の甲)のように放置していても治る場合もあるにはありますが、部位によっては油断できません。
3.複雑骨折とは
この項では、一般の方々が誤解しやすい『複雑骨折』の定義について言及しておきます。
1)単純骨折(閉鎖骨折)
折れた骨片が体内に留まっている状態です。
2)複雑骨折(開放骨折)
折れた骨が皮膚を突き破って、体外に露出している状態を指します。
粉砕骨折との混同を避けるため、医療従事者の間では『開放(性)骨折』と呼ぶことの方が多いです。
複雑骨折(開放骨折)でもっとも怖ろしい合併症は、細菌感染です。
通常、骨の内部は完全な無菌状態のため、外気に触れてしまうと雑菌が入り込み一気に増殖します。
その結果、骨髄炎を引き起こしますが、これは下手をすると命取りになりかねません。
幸い命に別状はなかったとしても、菌は骨細胞を栄養源として増殖するため、いつまで経っても骨が癒合せず偽関節を引き起こすことも。
治療としては持続洗浄と抗菌薬(抗生物質)の点滴投与が中心になりますが、病原菌が骨の奥深くに留まり、数年後にまた再燃するというケースもありますから十分注意が必要です。
タイガー・ウッズさんの事故報道を聞いている限りでは、どうやら下腿~足首の『複雑骨折』であり『粉砕骨折』でもある、ということのようです。
今後の選手生命にも影響を及ぼしそうなので、心配ですね…。
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4.さいごに…疑わしきは受診を!
典型的な骨折では、受傷部位に以下のような徴候が現れます。
◆強い痛み
◆腫脹・熱感・発赤
◆皮下出血(内出血)
◆機能障害(歩けない・動かせない)
ただし、全例にこれが当てはまるわけではありません。
骨膜の直下や骨の内部には血管がたくさん走っているため、完全な骨折であれば血管が破れて出血痕が浮き出てきますが、亀裂骨折では不明確なことも多いです。
また捻挫や打撲だけでも内出血は起こり得るので、医療従事者でも外から見ただけでは判別しづらいものです。
歩くのもやっとなのに、激痛のなか脚を引きずって来院される方もいらっしゃいますが、潔く救急車を呼ぶのも大切です。
思わぬ後遺症を引き起こさないようにするためにも…。
それでは、最後までご覧下さいましてありがとうございました m(_ _)m
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