新型コロナウイルスが世間を騒がせている昨今ですが、もともと医療従事者にとって感染リスクは常に隣り合わせであり、十分な防止対策が求められるのは言うまでもありません。
今回は、私が以前勤めていた病院で生じた院内感染についてのお話をしたいと思います。
※ここで取り上げる病院は、私がPTとして最初に就業した職場です。過去記事でもご紹介しましたので、もし良ければ併せてご覧下さい。
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1.疥癬(かいせん)とは
その病院に就職して3年目の頃だったと記憶しています。
ある時、療養病棟(長期療養を目的とした病床群。病状が比較的安定している高齢者が多い)に入院している複数の患者さん及び病棟従事者の間で、疥癬の感染が拡がり始めました。
疥癬とは、ヒゼンダニが寄生することで起こる皮膚感染症のことです。
激しい皮膚のかゆみと、腹部や腕・脚・外陰部等の皮疹を主症状としています。
※画像引用元:疥癬 - Wikipedia
ヒゼンダニ自体はどこにでも生息している生き物ですが、高齢者など免疫力の低下した人に寄生すると症状が悪化しやすく、「角化型疥癬」の状態では1人の患者さんに100~200万匹も寄生するといわれます。
基本的には肌と肌が直接触れることによって起こる「接触感染」ですが、角化型疥癬では感染力がきわめて強いため、衣類や寝具、皮膚からはがれ落ちた垢(角質)を介した間接的な接触でも感染します。
疥癬は、病院の療養病床や介護施設では発生しやすい代表的な感染症のひとつです。
そのため、高齢者に強いかゆみや皮疹が有る場合はまず疑ってみるのが普通であり、感染が判明した方に対応する際(特に角化型疥癬の場合)は医療用手袋やガウンの着用が求められます。
2.H主任の過剰反応
この「疥癬騒ぎ」に真っ先に反応したのが、綺麗好き(潔癖症という言葉はなるべく使いたくない…)で知られる理学療法士(PT)のH主任です。
うわぁ…こんな気持ち悪い虫が皮膚の下に寄生するなんて…ひえぇ💦
想像しただけでもかゆくなるわぁ。絶対イヤや。
あ~怖っ!!
◯◯さん(感染した患者さん)のリハビリ、もう中止にしといてくれへんかなぁ…💧
H主任が担当していた患者さんの中では、1名だけ感染者が出ていました。
ただH主任自身については、その時点で感染を疑うような症状は出ていませんでした。
なので、明らかに過剰反応と言えます。
が、H主任の部下であるM副主任(女性PT)もこれに同調している様子でした。
わ~。そんなん言われたら私もかゆくなってきたわぁ💦
彼らの上司であるY科長はどうでしょうか…。
ほんまやなぁ…めっちゃグロテスクや。
………。
3.感染症へのいわれなき偏見
当ブログの読者さまにはご存じの方もいらっしゃることと思いますが、私は高校生の頃にB型肝炎を発症し、長らく療養生活を過ごしていました。
ちょうどその頃、マスコミでもB型肝炎の事がにわかに取り上げられていたものです。
某有名週刊誌「週刊ポ◯ト」に、
という見出しが躍ったことを、私は今でも決して忘れません。
これはAIDS感染者・B型肝炎感染者双方の差別・偏見を助長するような、憎むべき記事です。
逆に言えば、このような「いわれなき偏見」への反骨心が、のちに医療従事者を目指した理由のひとつでもあります。
そんな私にとってH主任やM副主任、そして所属長であるY科長の態度は、医療者の風上にも置けない、まったく卑劣な人間のように思えました。
自身が感染媒介者となって多くの患者さんにご迷惑を掛けてしまうリスクを案じるのならともかく、疥癬に関する正確な情報や感染防止策も知らないまま「自分が感染するのだけはイヤ」という感情をむき出しにする…。医療従事者としてあるまじきことです。
4.根拠に基づき粛々と対応するのが医療者のプライド
昨今の新型コロナに関する報道でも、
「医療従事者は自身も感染する恐怖に怯えながら日々の業務を…」
といった文言が多く見られますが、私はいつも違和感を覚えます。
記者の主観で書いている部分もあるのかも知れませんが、取材を受けた医療従事者側の本音でもあるのでしょう。
実際のところ、完璧な感染対策というのは現実として難しいものです。
対象者が新型コロナの感染者であると最初から解っていれば相応の対処が可能ですが、不明な段階ではどうしても抜け穴が生じるからです。
だからといって、医療従事者が感染症に罹るのはやむを得ない、あきらめろ…と言いたいわけではありません。
ただ、100%完璧は無い以上、
医療従事者は感染リスクに対し一定の「覚悟」を持つことは必要
というのが私の考えです。
もちろん医療者自身も人間ですし、家族も居ます。
怖いという気持ちが生じるのは一個人として理解できなくもありませんが、現時点における科学的根拠に基づいてやるべき事を粛々と行ない、もし感染したならば然るべき治療を受ける…それに尽きるのではないかと思います。
例えて言えば、消防士が炎を怖れるのは当然のことですが、ただただ感情的に怖がるのであれば最初から消防士にならなければ良いのです。
そうではなく、人命救助が自らの社会的使命であると思うのなら、火事の性質や消火に関する知識・技術・経験を積み重ね、「炎を正しく怖がる」ことが何より重要です。
医療者も同じで、感染症についての正しい知識とそれに基づく対処法を習得していれば、恐怖・怯えなどといった一時的な感情には左右されない。
それこそが専門職としてのプライドではないでしょうか。
5.「ざまあ見ろ」… バチが当たった!?
ところで、この疥癬騒ぎには後日談があります。
何とその後、療法士のなかでH主任だけが疥癬に感染してしまったのです。
いや、正確に言えば「感染疑い」です。
しきりにかゆみを訴えるのですが、診断の決め手である「ヒゼンダニの成虫や卵」が顕微鏡で確認されたわけではありません。
ですが、院内感染拡大防止という観点から、念のために(?)H主任はしばらく自宅待機となってしまったのです。
ヒゼンダニを過度に怖れるあまり、根拠の無いかゆみを感じてしまう…。
それって、「気のせい」ちゃうの?
私と、多くの同僚の見方です。
そして、H主任に対し
ざまあ見ろ💢
この時、私は不謹慎にもそう思ってしまいました。
……ところが!
それから10年以上の時を経て、別の病院に所属長として勤めていた頃、私自身も疥癬に感染してしまったのです。
リハビリ介入時点では患者さんの感染が判明しておらず、必要な防護策をとっていなかったのが原因です。
やむを得ない面もありましたが、私自身も患者さんの徴候を把握しきれておらず、不注意であったことは否めません。
やはり医療従事者として不謹慎な考えを持つと、バチが当たるということか…。
いや、感染症に罹るのを「バチが当たる」などと言ってしまうこと自体、とても不謹慎なことです😓
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6.さいごに
最近「医療従事者がいわれなき偏見や差別を受けている」といった報道が繰り返されていますが、一方「医療従事者だって、感染症に対して偏見を持っているんじゃないの?」という視点から、自己反省の意味も込めて今回の記事をまとめてみました。
恥ずかしいことに、医療従事者のなかでも療法士(PT・OT・ST)は、養成校や臨床実習における教育過程で感染症及びその防止対策に関する知識・技術の習得をなおざりにしてきた面があります。
折も折、令和2年4月から「PT・OT養成施設指定規則」や「指導ガイドライン」が改正・施行されたことに加え、今回の新型コロナ問題が起こったことを契機として、療法士の感染症教育が一層進むことを願うばかりです。
最後までご覧下さいましてありがとうございました m(_ _)m
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