すなおのひろば

中高年の健康と若手PTの未来をサポートするブログ

◆明日から2日間、臨床実習指導者研修会に参加してきます。計16時間の長丁場。結構大変ですね…(12/13)

病気療養中の思い出

【病気療養中の思い出:その13】院内学級で描いた絵

私は高校2年の時に小児病棟へ入院しましたが、病棟の中には「院内学級」があり、そこでは小・中学生が養護教諭の下で授業を受けていました。入院生活に慣れてきた頃には私も時々授業に混ぜてもらって、子供たちと一緒に絵を描いたりしていたものです。

【病気療養中の思い出:その12】合格祝いの寄せ書き

高校卒業後、一浪を余儀なくされた私。しかも受験の3ヶ月前に再入院してしまいました。それを乗り越えることができたのは、やはり医療従事者の方々の援助と温かい励ましがあったからです。この時、私の社会人としての方向性は決まったと言えるでしょう。

【病気療養中の思い出:その11】小児病棟のイベント

入院して2ヶ月が経過した12月下旬のある日。小児病棟の行事のひとつ『クリスマス会』が、病院の大会議室で行なわれました。入院中の子供たちとそのご家族、4名の小児科医、そして夜勤の数名を除いたほぼ全ての看護婦さんが参加する一大イベントでした。

【病気療養中の思い出:その10】病院から眺める夜景の切なさ

私は高校2年~大学1年の頃にかけて、慢性B型肝炎で入退院を繰り返していました。初めて入院したのは1987(昭和62)年の10月29日。もう32年も前になるんですね…早いものです。この時期になると、私は病院の最上階から見える夜景のことを思い出します。

【病気療養中の思い出:その9】看護学生 Mさんとのかかわり…⑥叶わぬ夢、そして今…

私は、優しく繊細な看護学生Mさんが看護師として再び目の前に現れ、ともに医療従事者として励まし合い交流を続ける時が来るのを、ただ一方的に夢見ていたのでしょう。 しかし、それは叶いませんでした。

【病気療養中の思い出:その8】看護学生 Mさんとのかかわり…⑤途絶えた手紙

Mさんは遠路はるばる私の自宅まで会いに来て下さいました。 私たちは、他愛のないひとときを過ごしました。 後日、すぐに手紙が届きました。 それは私と過ごした再会の日を振り返る内容でした。

【病気療養中の思い出:その7】看護学生 Mさんとのかかわり…④再会

私が高校3年の後半に差し掛かった頃、看護専門学校3年のMさんもまた苦しんでいました。私は落第ギリギリの成績で何とか卒業、しかし大学受験は失敗し、浪人することとなりました。一方、Mさんは悩み抜いた末に学校を中退し、別の人生を模索します。

【病気療養中の思い出:その6】看護学生 Mさんとのかかわり…③届いた手紙

Mさんと別れた後は、再び退屈な入院生活が続いていました。 看護学生の実習終了から1週間ほど経った、3月上旬のある日。学校から帰ってくると、ナースステーションの前で、ある若手の看護師さんがニヤニヤ笑いながら話しかけてきました。

【病気療養中の思い出:その5】看護学生 Mさんとのかかわり…②文通、そしてお別れの日

前回に引き続き、看護学生Mさんとの交流について書き綴っていきます。 私が15時半~16時に帰院し、16時半からナースステーションで申し送りが始まるまでの1時間余り。 それが、Mさんとコミュニケーションを取れるひとときでした。

【病気療養中の思い出:その4】看護学生 Mさんとのかかわり…①出会い

私が入院して3ヶ月ぐらい経った頃、看護専門学校の学生さんが「臨地実習」で病棟に来ていました。その時に知り合った看護学生の一人、Mさんとの交流について綴っていきます。

【病気療養中の思い出:その3】大相撲に魅了される

高校時代の退屈な入院生活…。 病院の外来待合室に設置されたテレビは、NHKしか見られない設定になっています。 他にすることもないままボンヤリ見ていた画面には、たいして興味のない大相撲中継が流れていました。

【病気療養中の思い出:その2】K君と食べたチョコレートパフェ

前回に引き続き、入院中の他愛もない出来事について綴っていきます。治療食からのひとときの解放を目的として、私とK君は謀略を巡らせました。外出の当日は素晴らしく晴れわたり、絶好の行楽日和。天は病気療養中の不遇な(?)私たちに味方してくれました。

【病気療養中の思い出:その1】おいしくなかった病院食

今から30年ほど前、私は病気でしばらくの間療養していました。その頃のさまざまな思い出をつれづれと綴っていきます。まずは、私と同じ病気で同室に入院していたK君と外出を計画するまでのおはなしです。