介護業務における身体的負担は、職員にとって重大な問題です。
私のようなリハビリ専門職でも、要介護高齢者の利用者さんに対し「起き上がり」や「車いす移乗」などの動作練習を行なう際、腰や肩に加わるダメージは相当なものです。
ましてや、介護職の方々にのしかかる日々の負担は想像を絶するものでしょう。
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1.介助(介護)技術は万能ではない
先日、48歳の女性PTであるK主任が、男性の入所利用者・Aさんの「ベッドからの起き上がり→車いすへの移乗」までの介助を、単独で試みていました。
Aさんはかなりの大柄で、しかも両脚の筋力は弱く、ほぼ全介助レベル。
もともとは介護士が1名で介助していたようですが、最近は身体機能低下により難しくなってきているとの事。
そこで介護スタッフから、
「今後は2名以上で行なうべきか、それとも1名でより適切な介助方法が考案できるかどうかを、PTの立場からアセスメントして欲しい」
という依頼がK主任に来たようです。
K主任の介助技術は、私の目からみて非常に優れています。
お世辞ではなく、移乗介助は男性PTの私よりもずっと上手です。
が…Aさんに対しては色々工夫してみたものの、結果としては上手く行きませんでした。
技術では乗り越えられない壁があったようです。
次に、20代の女性PT(技術的には「並」レベル)が介助を試みました。
やや力まかせではありますが、何とか移乗に成功…。
K主任は、
あ~私もトシ取ったなぁ。こんなに背筋力が落ちてるなんて、思いもよらなかった…。
自嘲気味にそう話していました。
同年齢の私としては、身につまされるものがあります…(^_^;)
もちろんK主任はただ落ち込むだけでなく、評価した内容をきちんと整理して、介護スタッフへ申し送りました。
結論としては、Aさんの起き上がり~移乗の介助は今後必ず2~3名で協力して行なうこととなりました。
利用者さんの安全性と、スタッフの負担軽減という両面で、これは賢明な判断でしょう。
介助(介護)技術は決して万能ではなく、職人芸でもありませんから。
2.扱いにくい『スライディングボード』
介助技術のポイントについては、いずれ当ブログでも取り上げたいと思いますが、今は残念ながら余裕がありません。済みません…(~_~;)
端的に言えることとしては、力学的にみて
転がす < 滑らせる < 持ち上げる
の順に、介護者への負担は増大します。
なので、「持ち上げ介助(介護)」は極力避けたいものですが、日々の介護業務では必ずしも理想通りにはいかないものです。
車いす移乗については、いわゆる『スライディングボード(トランスファーボード)』が推奨されることもあります。
※画像引用元:快適空間スクリオ
一見、画期的なツールのようにも思えますが、適応できる対象者は限られています。
使用可能な環境も限定的ですし、扱いには意外と熟練を要するものです。
私の過去の経験として、訪問リハビリの際に利用者のご家族の方へ使用方法をご指導したことがありますが、結局導入して頂けませんでした。
施設の介護士にもレクチャーしたことがありますが、多くは
「そんなまどろっこしいのは時間の無駄。一気に持ち上げた方が早いしラク」
といった反応でした。
実際、中途半端に扱うと余計に時間と労力を要するものです。
人員不足の中で常に時間に追われている介護職の方々にとっては、利用者さんの状態に応じたスライディングボードの有効活用など、現実的とは言えないのです。
3.介護ロボットは5年後に普及する?
先日、某テレビ番組で、あるコメンテーターが
あと5年もすればAIを搭載した介護ロボットの普及が進み、人材不足はかなり解消され、介護負担も軽減するでしょう。
などと予想していました。
しかし、現場の感覚としてはどうなのでしょうか…?
現時点で積極的に介護ロボットを導入している所もあるのでしょうが、それは潤沢な資金やコネを有する一部の施設に限られているのではないでしょうか。
近年、介護ロボットの開発・実用化支援策が厚労省・経産省から打ち出されており、介護報酬への加算や補助金の支給制度も整いつつあるようです。
今後の介護ロボット開発における重点分野は、以下の通りとなっています。
1)移乗介助
◆ロボット技術を用いて介助者のパワーアシストを行う装着型の機器。
◆ロボット技術を用いて介助者による抱え上げ動作のパワーアシストを行う非装着型の機器。2)移動支援
◆高齢者等の外出をサポートし、荷物等を安全に運搬できるロボット技術を用いた歩行支援機器。
◆高齢者等の屋内移動や立ち座りをサポートし、特にトイレへの往復やトイレ内での姿勢保持を支援するロボット技術を用いた歩行支援機器。
◆高齢者等の外出等をサポートし、転倒予防や歩行等を補助するロボット技術を用いた装着型の移動支援機器。3)排泄支援
◆排泄物の処理にロボット技術を用いた設置位置の調整可能なトイレ。
◆ロボット技術を用いて排泄を予測し、的確なタイミングでトイレへ誘導する機器。
◆ロボット技術を用いてトイレ内での下衣の着脱等の排泄の一連の動作を支援する機器。4)見守り・コミュニケーション
◆介護施設において使用する、センサーや外部通信機能を備えたロボット技術を用いた機器のプラットフォーム。
◆在宅介護において使用する、転倒検知センサーや外部通信機能を備えたロボット技術を用いた機器のプラットフォーム。
◆高齢者等とのコミュニケーションにロボット技術を用いた生活支援機器。5)入浴支援
◆ロボット技術を用いて浴槽に出入りする際の一連の動作を支援する機器。6)介護業務支援
◆ロボット技術を用いて、見守り、移動支援、排泄支援をはじめとする介護業務に伴う情報を収集・蓄積し、それを基に、高齢者等の必要な支援に活用することを可能とする機器。※引用元:『ロボット技術の介護利用における重点分野』厚生労働省・経済産業省(平成29年10月)
装着型の移乗介助ロボットといえば、パワードスーツのようなものが思い浮かびますね。
ずっと以前、私もメーカーのデモに参加した際、装着してみたことがあります。
このイラストほど大袈裟な製品ではありませんが、それでも脱着には時間を要します。
移乗介助のたびにいちいち装着するのは、忙しい業務の中ではあまり実用的とは思えませんでした。
非装着型では、以下のようなものがあります。
※画像引用元:『介護ロボット 導入活用事例集 2018』厚生労働省
「持ち上げ介助」を肩代わりしてくれるのは良いのですが、設置スペースの確保や取り扱いの煩雑さ・コスト面など、デメリットも多そうです。
引用に示したように、介護支援に関する項目は多岐に渡ります。
それぞれの用途別にロボットを取り揃えるとなれば、コストはもちろんのこと、保管場所にも難儀しそうです。
第一、介護というものは「移乗は移乗」「排泄は排泄」など、要素別に切り取って行なわれるものではありません。
全ての生活動作には関連性があるので、介護は一連の繋がりをもって連続的に提供しなければなりません。
事前にインプットされたデータに基づき次々と同じ作業を繰り返す「産業用ロボット」にみられるような流れ作業とは質が異なります。
かと言って、自己学習しながら1台で何でもこなしてくれる優れたAIとマニピュレーターを搭載した万能人型ロボットなど、現在の技術ではまだまだ難しいでしょう。
排泄や入浴などは、介護される側も羞恥心や遠慮があるため、むしろ感情の無いロボットの手を借りる方が良いのでしょうが…。
当分の間は、きめ細やかで柔軟な対応ができる人間に頼らざるを得ないようです。
誤解の無いように申し上げておきますが、介護ロボットの技術開発そのものを否定しているわけではなく、むしろ大変有意義なものだと私は考えています。
高齢化に伴う諸問題は、先進国には共通の課題です。
技術立国・日本としては、AIやロボットの技術で世界をリードし、さらに優れた製品の開発に努めることが、色んな意味で将来の国益につながるものと思います。
ただ、介護現場の職員の感覚としては、
「5年後の介護ロボット普及など、あまりにも楽観的過ぎるのでは?」
というのが個人的な感想です。
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4.介護問題の縮図
もちろん、私が現在勤めている職場では今のところ介護ロボットとは無縁です。
離床・見守りセンサーや入浴支援機器などは導入されていますが、それは他の施設にも共通のもの。
「ロボット技術を用いた機器」とは言い難いです。
補助金制度があるとは言え、中小零細事業者にとってはコストが掛かり過ぎることが最大の課題でしょうか。
私たちはロボットと言えば、SF作品に出てくるような自律・人型のものを真っ先にイメージします。
実際、介護というものが個別要素ではなく一連の流れで成り立っている以上、そういう万能ロボットでない限り人材不足の根本的解決にはなりにくいのかなぁ…という気がします。
一方、私の職場では外国人労働者を積極的に雇用しています。
主にフィリピン・ベトナムなど東南アジア系の方々ですが、皆さん日本語を一生懸命覚えようと努力している様子が窺えます。
挨拶も「日本流」に深々と頭を下げて、律儀この上ありません。そして職場に必死に溶け込もうとしている姿勢には、好感が持てます。
現代の日本が抱えている問題。
職場ではその縮図を目の当たりにしているようで、私はとても複雑な気持ちになってしまいます…。
最後までご覧下さいましてありがとうございました m(_ _)m
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