昨今、「張り手」とか「かち上げ」の是非について、さまざまな議論があるようです。
そうした「禁じ手論争」に関して客観的に考察するに先立ち、まずは大相撲の競技ルールとして正式に定められている8つの禁じ手(反則技)について確認しておきたいと思います。
《スポンサーリンク》
- 1.握りこぶしで殴る
- 2.頭髪を故意につかむ
- 3.目または水月(みぞおち)などの急所を突く
- 4.両耳を同時に両方の掌で張る
- 5.前縦褌(まえたてみつ)をつかみ、また横から指を入れて引く
- 6.のどをつかむ
- 7.胸・腹を蹴る
- 8.指を持って折り返す
- 9.さいごに…ルールの抜け道を作らないこと
※当記事の作成にあたり、下記のウェブページを参考にさせて頂きました。
⇒ハッキヨイ!せきトリくん > おしえて八十二手 > 禁じ手反則
1.握りこぶしで殴る
相撲では各種総合格闘技やボクシングのようにグローブをつけているわけではありません。
鍛えられた力士の握りこぶしは、岩石にも等しいものです。
『日本相撲協会公式サイト』のイラスト解説では顔面を殴る形で記載されていますが、「身体のどの部位であれ、握りこぶしによる殴打は禁止」と解釈して良いようです。
もちろん、掌(てのひら)で叩く「張り手」であれば反則にはなりません。
2.頭髪を故意につかむ
力士は頭髪をひとつに束ねて「髷(まげ)」を結っています。
髷をつかまれるということは、人体の重みが集中している頭部ごと引っ張られるわけです。
実際に髷を引っ張られた力士の証言からも、相当な牽引力が加わっていると考えられます。
◆2014(平成26)年夏場所:鶴竜(かくりゅう)vs. 豪栄道(ごうえいどう)
大相撲夏場所 12日目 鶴竜 × 豪栄道 白鵬物言い 反則 2014/5/22 ハイライト
※ちなみにこの取組では控え力士の横綱・白鵬が物言いをつけるという珍しい場面がみられますが、本題から外れるのでここでは言及しません。
このルールで注意すべきは、頭髪を「故意に」つかむ、と定めていることです。
そもそも禁じ手であることは全力士が承知しているので、ワザと引っ張るなど考えられません。
ここで提示した動画でも、豪栄道は得意の引き技で鶴竜の頭部をはたいたのですが、偶然にも髷の結い目に指が入ってしまったというものです。
髷つかみで反則負けという事例を今まで多く見てきましたが、全てこの取組と同様のケースでした。
すなわち「故意に」と明記されていながら、実際には意図的か否かに関係なく反則負けが適用されてきたのです。
力士の身の安全や公平性を確保する意味でも、ルールブックと実際の運用方法との間には齟齬が無いようにした方が良いでしょう。
「故意に」という単語は実情に即していないので直ちに削除すべし、というのが私の考えです。
※2019年9月18日追記:2014年九州場所以降「故意に」の文言は削除されたという情報もあります。しかし、公式サイト上は未だ「故意に」と記されています。どちらが正しいのでしょうか…?
3.目または水月(みぞおち)などの急所を突く
人体には鍛えようとしても容易に鍛えることができず、破壊されると再生が困難な(後遺症が残る)重要器官がいくつかあります。
眼球は言うまでもありませんが、みぞおちには多くの交感神経が存在し、痛覚も鋭敏な場所です。
そして、みぞおちの上部(胸骨の下端)には「剣状突起」があり、衝撃を受けると比較的簡単に骨折してしまいます。
心肺蘇生法における心臓マッサージ(胸骨圧迫)の際も、剣状突起への圧迫を避けるのが基本です。
ボクシングでは意図的にみぞおちを狙いますし、空手の「中段突き(蹴り)」などではこの部位を攻撃すれば1本を取れたりします。
しかし力士は素手で闘っており、空手の「寸止め」のようなルールも無いので、相撲でこれを反則とするのは妥当と言えるでしょう。
4.両耳を同時に両方の掌で張る
鼓膜や耳小骨・三半規管なども、鍛えることのできない重要器官です。
反則となるのは当然のことですが、片手での「耳への張り手」に関して特に明記されていないのはルール上の手落ちと言えるかもしれません。
詳細については次回の記事で述べたいと思います。
5.前縦褌(まえたてみつ)をつかみ、また横から指を入れて引く
これは解説するまでもありませんが…。多くの格闘技で禁じ手とされる攻撃部位です。
※前縦褌は「前袋(まえぶくろ)」とも呼びます。
縦褌でも、後ろの部分をつかむのは反則ではありません(ここを引いても有利にはならないので、意図的につかむことはあまり無いのですが)。
※ついでに申し上げておきますが、廻しがほどけたら自動的に負けとなります(結び目が軽くほどける程度であれば、行司が「待った」を掛けて結び直します)。
《スポンサーリンク》
6.のどをつかむ
咽頭・喉頭・気管・頸動脈など、頸部の前側にある器官も「努力して鍛えることができる」類いのものではありませんし、強く締め上げると命にかかわる部位ですから、これまた当然ですね。
ちなみに『日本相撲協会公式サイト』には
「のどをつかむこと→故意に両手で首を絞めること」
と注釈がついていますが、これは「喉輪(のどわ)攻め」と区別する意味もあるのではないかと思われます。
「喉輪」とは片手を矢筈(やはず)状にしてのどに当て、相手の顎を上げて上体を浮かせる方法であり、押し相撲では必須の技術です。
では、「片手で首を絞める」のはOKなのか?
まぁ「のど輪」ではなく、明らかに「のどをつかむ」ような動作をすれば、おそらく片手であっても反則を取られると思われます。
そうであれば、まぎらわしい注釈は不要ではないでしょうか。
7.胸・腹を蹴る
蹴返し(けかえし)・裾払い(すそはらい)・二枚蹴り(にまいげり)など、相手の足を狙う「蹴り技」はいくつか存在します。
要は「腰から上を狙って蹴り上げる」ような動作はNGということでしょうから、そのように明記する方が良いのではないかと個人的には思います。
「胸・腹はダメでも、頭部へのハイキックはOK」と解釈されかねませんから…。
8.指を持って折り返す
指の関節を極(き)める、いわゆる「関節技」を禁じるものです。
力士にとって指は「突き押し」や「廻しの引きつけ」といった基本技に絶対必要なものです。
特に指は無理な方向へ動かすと簡単に骨折・脱臼を引き起こしますから、これも反則技としては当然ですね。
指を持って折り返すのは反則ですが、お互い手を組み合うのは「手四つ(てよつ)」という特殊な四つ身の型であり、ルール上は問題ありません。
※関節技でも、肘を極める「極め出し」や「小手投げ」「とったり」などは正式な技として認められています。
※上の写真のように、頸椎を極める技(「首絞め」とは別)などは非常に危険なので禁じ手として明記すべきと考えます。
9.さいごに…ルールの抜け道を作らないこと
少々揚げ足を取るような解説も加えてしまいましたが…。
相撲を日本の伝統文化と位置づけた場合、「反則と明記されていないことなら、何をやってもいいんでしょ?」というようにルールの抜け道を突くやり方は、あまり好ましいとは言えませんが、しかし決して無くなることはありません。
ルールの下で闘うスポーツである以上、拡大解釈を防ぐ意味でも反則の定義はできるだけ具体的に明示した方が良いのではないでしょうか。
協会が公式に定めている禁じ手はこの8つですが、定義・解釈ともにやや不十分な点があると私は考えています。
実のところ、私がリアルタイムで観戦した約30年間で「髷つかみ」以外の反則が適用されたことはありません(私の知る限り)が、それが全て適正だったとは言い難いです。
今回の内容を踏まえ、次の記事では「張り手」の是非について私見を述べたいと思います。
《スポンサーリンク》