当記事は、ある読者さまから頂いたリクエストをもとに作成しました。
ご依頼としては「心血管疾患を有する人が血圧を上げ過ぎずに運動するための工夫、および注意点について」です。
ただ、運動時の血圧管理は疾患の有無にかかわらず重要なことなので、一般論的な内容も含めて記述させて頂きました。どうかご容赦下さい。
前編の今回は、血圧上昇についてのお話しです。
※ここでは現時点でのエビデンスと私自身の臨床経験も踏まえてご説明しますが、実際に疾患をお持ちの方々はそれぞれの状態に応じた個別対応が必要な場合もあります。当記事の内容をうのみにすることは避け、必ず主治医から血圧等の適正値について指示を受けて下さい。
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※参考資料:以下のウェブページをご覧下さい。
1.運動の中止基準について
最初に、リハビリ専門医やPTの間でよく使われている『リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン(以下、リハ安全ガイドライン)』を提示します。
※参考資料:日本リハビリテーション医学会『リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン』より一部抜粋。
◆この表では「リハビリ~」と表記されていますが、すべて「運動~」と読み換えて頂いて結構です。
◆「安静時」とは、運動する前の状態と考えて下さい。必ずしも「寝て測定する」必要はありません。
◆脈拍値も関連性が深いため、併記しています。
医療従事者、特にPTの方々には『アンダーソンの基準』の方がなじみ深いかも知れませんね。古典的ですが有名な運動中止基準です。
アンダーソンの内容は省略しますが、『リハ安全ガイドライン』もこれを参考に作成されたようなので、基準値の設定はほぼ共通です。
2.血圧上昇に関する中止基準の考え方
以下、前項の『リハ安全ガイドライン』を前提として話を進めていきます。
1)安静時の基準について
一般的には安静時180mmHgを超えていると、医療従事者としては警戒するのが普通であり、200mmHg以上ならほぼ確実に運動不可と判断するでしょう。
ゆえに、上記の安静時基準は概ね妥当と言えますが、臨床家としては設定がやや不十分と思われる点もあります。
それは、平常時(調子の良い時)との差を示す基準値が無いことです。
①平常より高くても大丈夫?
経験不足の若手PTの中には、普段の収縮期血圧130の患者さんが、たまたま今日150だったからと言って、
あれ、今日はちょっと高いですね…💧
えっ、大丈夫でしょうか…💦
こんな風に、患者さんの不安を煽ってしまうこともあります。
こういう場合、自覚症状が無ければまったく問題ないケースも多く、必要以上に怖がらせるのはいかがなものかと思います。
しかし、同じ150でも平常が100だとすると、50mmHgもの差が生じます。安静時の血圧にこれだけの差異があると、自覚症状が現れる場合も多いです。
安静時の中止基準に「平常との差」は明記されていませんが、だからと言って「収縮期200 or 拡張期120mmHg未満であれば普通に運動しても良い」と機械的に判断してしまうのは非常に危険です。
②それでは、どうするか?
私の経験上、平常値よりも20~30mmHg高ければ、少し気にかけておいた方が良いでしょう。
かと言って、それほど怯える必要もありません。
まずは、何か自覚症状があるかチェックしてみましょう。
特に無ければ、通常より軽めの運動から開始し、様子をみながら徐々に負荷を上げていきましょう。
<表1>では省略していますが、実はこの『リハ安全ガイドライン』には、各種身体症状(頭痛・めまい・吐気・不整脈など)も中止基準として併記されています。
◆現在の血圧値。
◆平常の血圧値との差。
◆身体症状の有無。
特に医療従事者にとっては、これらを確認した上で総合的に患者さんの運動の可否を判断することが大切なのです。
2)運動中の基準について
こちらは逆に「安静時との差」が基準になっており、血圧値そのものは記載されていません。
<表1>の「40mmHg以上の上昇」とは、仮に安静時の収縮期血圧が120であれば、運動中160まで上昇したら中止せよ、という意味です。
安静時150の人が運動中190まで上昇すると、同じ40mmHgの差でもリスクの度合いが違うように思われますが、そこまで厳密に定義されていないのは、やはり「総合的に判断すべし」ということなのでしょう。
実際のところ、運動中に収縮期血圧が40mmHgの上昇を示すことは特に珍しくありません。
これは疾患を有する人でも健常人でも同じです。「運動すれば血圧が上がる」のは、全身の筋肉や各種臓器に血液を送るために生じる自然な反応です。
安静時の血圧が普段より40mmHg以上高いと、少し警戒した方が良いかも知れません。
一方、運動中に上がる分には、自覚症状が無ければそれほど怖がることも無いのでは…というのが私の経験上の印象です。
ただし、次に述べる疾患の場合はちょっと注意が必要です。
3.血圧上昇に留意すべき疾患
典型的な症例として、大動脈瘤・大動脈解離が挙げられます。
1)急性期は厳密な管理が必要なことも
これらの急性期(発症・手術から2~3週間程度)では、日常生活やリハビリを含めた1日の血圧を「収縮期血圧130mmHg未満でコントロールする」などと厳密に決められることもあります。
この場合、自覚症状の有無にかかわらず上限を守らなければなりません。
※病型や病期、手術の有無等によって上限値は異なります。
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血や、急性心筋梗塞なども同様です。
現在医療機関にかかっている方は、血圧の変動がご自身の疾患にどのような影響を与えるか調べておくとともに、運動の種類・方法・負荷量・頻度等について主治医や担当PTに確認することをお勧めします。
2)慢性期では総合的に判断
前述したように、運動中に血圧が上昇するのはごく当たり前の反応でもあります。
脳卒中や心血管疾患でも、急性期を過ぎて回復期から慢性期(発症・手術から半年以上)に差し掛かってくると、血圧上昇に伴うリスクは徐々に減っていきます。
運動中の血圧は、症状が無ければあまり気にしなくていいよ🎵
そう答える主治医も多いことと思います。
この時期になれば、運動の可否は血圧値だけではなく他のバイタルサイン(呼吸・脈拍・体温など)や身体症状を含め、総合的に判断することとなります。
3)「無症状の高血圧は怖い」と言われるが…
誤解の無いように申し上げておきますが、「症状が無ければどんなに血圧が高くても大丈夫…」というわけではありません。
高血圧は自覚症状が無いケースも多く、知らぬ間に心肺機能に負荷をかけていたり、心筋梗塞や脳出血などのリスクを高めることも事実です。
それを承知の上で、ここでは
運動中に血圧が上がるのは自然な身体反応であり、上がらない方が逆に危険。
という観点でご説明しています。何とぞご容赦下さい。
詳しくは次回の記事で述べる予定ですが、病院や介護施設でリハビリを行っている最中、患者さんが血圧上昇により脳卒中や心筋梗塞を突然発症する…といったケースは意外と少ないです。
むしろ血圧低下による体調急変の方が圧倒的に多く、日常茶飯事と言っても過言ではありません。
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4.血圧上昇を防止するための運動方法
読者の皆さまには釈迦に説法かも知れませんが、ランニングや高強度の筋トレなどは血圧を急激に高めてしまいます。
1)有酸素運動
ウォーキングは心肺機能や全身の筋肉をもっとも効率よく使う運動であり、私のイチオシです。
関節痛などの問題により歩くのが難しい人は、杖や歩行器などの補助具を考慮します。
あるいは、水中ウォーキングや自転車(エアロバイク)などの代替手段も検討してみましょう。
ラジオ体操は低負荷の全身運動にもなりますし、筋トレ・ストレッチも兼ねていますのでおススメします。
2)筋力トレーニング
負荷の強さについては、「10回上げ下げするのが精一杯」くらいの重量を使うのはマッチョになりたい人のための方法ですが、血圧上昇の危険因子にもなり得ます。
1セット当たり連続30回以上行えるくらいの軽い重りを使う方が安全でしょう。
上肢(腕)の筋トレは、血圧上昇をまねきやすいです。
下肢(脚)の筋トレから開始し、体が温まってから上肢を行うと安全です。
高強度の筋トレでは呼吸を止めてしまいがちです。
呼吸を止めてリキむと、血圧の急激な上昇をきたすことが証明されています。
専門的には「バルサルバ効果」と言います。
息を吐きながら重りを持ち上げるのが良いと言われていますが、低負荷の筋トレであれば特に意識する必要もありません。とにかく自然に呼吸しながら行いましょう。
3)運動中の血圧測定は…
従来は運動中に血圧を測るのが難しかったのですが、最近はスマートウォッチなどでも測定できるようになりましたね。
ただ、上腕カフ式のものよりも精度はやや劣るようです。
病院で計測した際に、その場で比較し誤差を確認しておくのも良いかも知れません。
ともかく便利には違いないので大いに活用したいところですが、あくまでも参考値としましょう。
今回はここまでとさせて頂きます。
後編では、血圧低下についての注意点を述べたいと思います。
しばしお待ち下さい… m(_ _)m
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