このシリーズでは、肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)の概要と予防・改善法について、理学療法士(PT)の視点から解説していきたいと思います。
第1弾の今回は、五十肩の発症要因を列挙するとともに、そこから導き出される予防策について考察します。
※この記事では一般的に知られている見解に加え、私の臨床経験を踏まえた私見も交えています。一部の医療従事者の方々からは異論もあると思いますが、何とぞご容赦下さい。
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1.五十肩とは
1)肩を構成する組織の劣化
五十肩とは、肩の痛みと可動範囲の制限を伴う加齢性疾患のひとつです。
五十肩の原因はハッキリ分かっていないことも多いのですが、その名の通り、肩を構成する種々の組織の劣化・老化(退行変性)によって生じるのは間違いないでしょう。
組織の劣化と症状との関連性については後述します。
2)鑑別診断の必要性について
ここで、肩の痛みを伴う類似疾患との関連について、私見を述べておきます。
ウィキペディア(五十肩 - Wikipedia)その他のウェブサイトによれば、
①肩の痛みと運動障害がある。
②年齢が40歳以上である。
③明らかな原因がない。
上記3条件を満たすものを五十肩と呼び、
◆石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん)
⇒X線画像で鑑別可。
◆腱板損傷 or 腱板断裂(けんばんそんしょう・けんばんだんれつ)
⇒X線撮影では見えないが、MRIで鑑別可。
これらの疾患とは明確に区別すべし、といった記述がなされています。
診断学的にはその通りです。
※画像引用元:石灰沈着性腱板炎 - Wikipedia
しかしながら、中高年に多く発症するこれらの疾患は、実際には五十肩の一連のプロセスのなかで併発することが多いようにも見受けられます(詳細は後述します)。
すなわち、石灰沈着性腱板炎や腱板損傷は「五十肩の原因にも結果にもなり得る」ということです。
臨床的には、診察室でできる徒手的検査やX線撮影だけで「肩関節周囲炎(五十肩)」と診断名をつける整形外科医もたまにいらっしゃいます。
おそらく、その医師は患者さんの年齢や現在の症状・生活歴・既往歴なども考慮した上で総合的に判断されているのだと思われます。
「MRIもやらなきゃ、腱板損傷を見落とすじゃないか」とのご指摘も尤もですが、私としては上記のことから、それほど明確に区別する必要はないと考えています。
五十肩のリハビリテーションの全体的な方向性としては、腱板損傷があっても無くても、さほど変わりはないからです(これには異論もあると思います。あくまでも私見です)。
※腱板損傷等には手術適応になるような重症例もあるので、「鑑別診断はいかなる場合でも不要」と断定しているわけではありません。
2.組織の老化と五十肩との関係
肩は人体のなかで最も可動範囲の広い関節であり、腕を前後左右、ぐるぐると自在に動かせます。
たぐいまれな投擲能力も、人類ならではのものです。
これは、我々の祖先である猿がかつて樹上で生活していた名残でしょう。
同じ哺乳類でも、馬や犬・猫などの四足動物では、前脚の付け根の関節(すなわち肩)はそこまで自由には動かせません。
1)骨・関節の老化
まずは<図1>をご覧下さい。
①肩甲上腕(けんこうじょうわん)関節
②肩鎖(けんさ)関節
③胸鎖(きょうさ)関節
④肩甲胸郭(けんこうきょうかく)関節
機能解剖学的には、これら4つの関節を
『肩関節複合体(shoulder complex)』
と呼びます。
※PTの世界では肩峰下関節・胸肋関節・肋椎関節も加えた7つの複合体という見解もありますが、一般の方々には難解になるので省略させて頂きます。
一般的に「肩」と言えば、ボール状の広大な関節面をもつ①肩甲上腕関節のことを指しますが、とりわけ自由に腕を動かせる理由としては、①に加え、数多くの関節が複合的に関わっているからです。
残念なことに骨や関節は加齢とともに劣化しますが、更年期の女性で特に顕著です。
変形性膝(股)関節症などは圧倒的に女性が多く、進行すると変形の度合いがX線画像で見て取れます。
肩関節複合体を構成する骨・関節にも同様の変化が生じており、スムーズな関節運動を阻害し五十肩の遠因になり得ます。
変形の程度が膝・股関節ほど明確ではないため見落とされがちですが、これは予防策を考える上でも重要なポイントでしょう。
2)筋肉の劣化と協調作用の不均衡
関節が複合的に作用するには、多くの筋肉が協力して働く必要があります。
◆三角筋
代表的な肩のアウターマッスル(身体の表層にある大きな筋肉)です。
腕の上げ下ろしといった大きな動きを可能にします。
◆棘上筋
インナーマッスル(深層にある薄い筋肉)のひとつです。
腕の上げ下ろしの際、関節をしっかりと安定させる役割があります。
肩のインナーマッスルには他に棘下筋・小円筋・肩甲下筋があり、上腕骨に付着する部分(腱)が板状になっているため、これら4つの筋を合わせて「腱板」と呼びます。
※<図2>では理解を容易にするため棘上筋のみ示しています。
※余談ですが、お腹にある腹横筋や、股関節の外旋筋群など、深層にある筋肉は姿勢保持や関節の安定化に貢献していることが多いです。
腕を上げる際、三角筋と棘上筋は協調的に働きます。
棘上筋は上腕骨頭を中心に引きつけ、関節の回転運動を助けてくれます。
その結果、三角筋は効果的に働き、スムーズに腕が上がります。
加齢により、筋肉、とりわけ薄っぺらいインナーマッスルは劣化しやすくなります。
上腕骨頭を中央に引き寄せる作用が弱まると、相対的に三角筋の働きが強くなり、骨・関節の回転運動が起こりにくくなります。
上腕骨頭は押し上げられ、「肩のひさし」である肩峰(けんぽう)と、上腕骨の大結節(だいけっせつ)がぶつかる方向に働いてしまいます。
肩峰と大結節の間は、通常1㎝ほどの狭い間隔です。
そこには肩峰下滑液包(けんぽうかかつえきほう:関節液で満たされ、滑らかな動きに寄与)や棘上筋腱が所狭しと存在しています。
腕を上げるたびに「挟み込み」が繰り返されると、刺激を受けたそれらの組織は炎症を引き起こします。
結果として、肩峰下滑液包炎や前述した石灰沈着性腱板炎・腱板損傷などを併発し、五十肩の症状をさらに悪化させる要因となってしまいます。
筋肉の劣化とは、単に「筋力が弱くなる」だけでなく、筋線維そのものが変性するということです。
筋肉の80%はタンパク質ですが、あとの20%は脂肪や水分などで成り立っており、筋・腱のみずみずしさ・粘り強さを保っています。
加齢と共に脂肪・水分は失われ、その結果、ちょっとした刺激で筋(腱)線維が裂けてしまいます。
中年期のスポーツ選手に「肉離れ」が多発するのも、そのためです。
3.五十肩の主な危険因子と予防策
1)女性
五十肩は40~60歳代の女性に多く、痛みや可動域制限も重度化しやすいです。
私がリハビリを担当した重症例も、ほとんどが女性でした。
更年期以降の女性に骨・関節の変性が起こりやすいことは前述の通りです。
若年期の過度なダイエットや、日焼けを極度に避ける生活をしていると、骨・関節はもちろん、筋肉の劣化も進みやすいのではないかと予想できます。
バランスの取れた食事と適度な日光浴、ウォーキング・ラジオ体操などの軽い全身運動は、骨粗鬆症や変形性関節症・五十肩、その他生活習慣病の予防としてはスタンダードではないかと思います。
2)姿勢の悪さ
<図1>の通り、肩の運動にはさまざまな骨・関節が関わっています。
肩の動きの土台になっているのは肩甲骨であり、肋骨で囲まれた胸郭というカゴの上を滑りながら移動します。
鎖骨は、肩甲骨や上腕骨の動きをサポートしています。
胸郭や背骨の形状が悪いと、肩甲骨や鎖骨の動きを阻害し、肩の運動にも影響を与えるというわけです。
いわゆる「猫背」の人ほど五十肩になりやすい…といった信頼できる統計データがあるわけではないのですが、考慮に入れておいて損はないでしょう。
3)糖尿病などの代謝疾患
1型・2型にかかわらず、糖尿病患者さんは五十肩になる確率が高いようです。
代謝とは、外から取り入れた栄養を使ってエネルギーを産み出したり、古くなった人体組織を新しく造り換える過程と言えます。
糖尿病や脂質異常症・肥満などにより代謝異常がある場合、「骨・関節・筋肉組織の劣化→再構築」の過程に齟齬をきたすということでしょう。
思い当たる方々は、適宜予防・改善策を実行するに尽きます。
1型糖尿病の方などはやむを得ない面もありますが、やはり疾患のコントロールが鍵になるでしょう。
4)外傷歴
過去に肩関節複合体に関与する骨が折れたことのある方は、一定のリスクがあると思われます。骨・関節・筋肉など各組織のアライメント(位置関係)に微妙なズレが生じている可能性があるからです。
外傷性の腱板損傷や肩関節脱臼なども同様です。
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4.五十肩の病期(経過)
1)一般的な経過
「五十肩は最終的には治る」という俗説がありますが、実際にはどうでしょうか?
一般的に云われている五十肩の経過は、下の表のとおりです。
激しい痛みはせいぜい1ヶ月程度。その後、関節の硬さ(拘縮:こうしゅく)と鈍痛がしばらく続くものの、半年~遅くとも1年後には痛み・拘縮ともに軽減するというものです。
このような典型的な経過は、「五十肩は治る」と云われる根拠のひとつになっているようです。
2)重症例では…
私はPTですから、病院で患者さんを待ち構えている立場です。
患者さんはわざわざ貴重な時間と経費を割いて来院されるのですから、「自分で治せる」人よりも重症比率が高いのかも知れません。
そんなわけで、下の表のようになかなか回復期に至らず、いつまでも痛みや拘縮を引きずる人が結構多いような印象が私にはあります。
まあ重症例であっても、急性期(炎症期)の頃の激烈な痛みが永久に続くということはまずありません。
それでも、肩周囲の関節包や靱帯がどうしようもなくガチガチに硬い人は時折見受けられます。
英語圏で五十肩のことを「凍結肩(frozen shoulder)」と称する所以です。
軽症で済むか、それとも重症に至るかを左右する要因としては、前項で述べた危険因子の有無やその程度が関係しているのでしょう。
…が、それ以上に大切なことは、
一般的には「あまり動かさないほうが良い」とされる急性期で、どれだけ動かすことができるか?
そう。過度な安静は後々の回復に悪い影響を与えるため、痛みをセルフコントロールしつつ、なるべく早いうちに動かす方が良いというのが私の考えです。
続きは次回とさせて頂きます… m(_ _)m
<次回予定>
五十肩は治るの?…急性期から動かしていこう!
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