今回は、私がPT6年目の時に担当した手首の骨折の患者さんにまつわる話、その前編です。
例によって、私の専門職としての至らなさが患者さんに不利益をもたらす遠因になったと考えられます。
若手PTの方々、および一般の方々にも何らかの参考になれば幸いです。
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1.受傷後8週からのリハビリ開始
電車に駆け込み乗車しようとして転倒し、手首を骨折してしまった患者さん。
まずは、その概要についてご説明します。
①保存療法を選択したRさん
◆患者名:Rさん(50歳代 女性)
◆疾患名:右橈骨遠位端(とうこつえんいたん)骨折
橈骨遠位端骨折の多くは、前方に転倒し手をついた瞬間に生じるもので、中高年~高齢者に多い骨折のひとつです。
手や足の骨折に対しては通常、
1)手術せず、骨が癒合するまで1ヶ月程度ギプス固定する(保存療法)。
2)折れた骨同士を金属プレートや鋼線などで固定し、早期から動かしていく。
大きくこの二通りの方法があります。
Rさんの場合は骨折部のズレ(※転位)が大きく、さらに折れた骨のパーツが複数個あり(粉砕骨折)、難治性が予想されたため、医師の判断は「手術適応」でした。
※悪性腫瘍の「転移」とは、意味も漢字も異なります。
なぜなら、骨の転位が大きく、かつバラバラに砕けていると、
◆骨に栄養を送る血管
◆骨膜(骨の表面を覆っている薄い膜)
これらの組織の損傷も重度になるからです。
栄養血管や骨膜は、骨のリモデリング(骨折によって死滅した骨細胞を分解し、新たな骨組織を再生する反応)に大きく影響するものです。
ズレたまま放置していると骨がなかなか癒合せず、偽関節(ぎかんせつ:折れた位置でいつまでもグラグラ動き、痛みが持続する)や、最悪の場合「骨壊死」に至る危険性もあります。
なので、転位を整復(元の位置に戻す)した上で金属でしっかり固定し、すぐにリハビリを始めた方が治るのも早いということになります。
ところが、Rさんは
「体にメスを入れるのは絶対にイヤ!」
と頑なに手術を固辞し、保存療法を選択したのです。
一般の方々の「メスを入れるのは良くない」という考えは、それなりに一理あると言えます。
メスを入れることで、皮膚や筋膜・筋肉など複数の軟部組織に侵襲(切り傷)が加わります。
それによる炎症や癒着などの合併症状も、手術後の回復に影響を与えうるからです。
ですから、医師はメリット・デメリットを勘案し、よりベターな方法を選択するのが実情です。
私はこの21年で、やたらと手術したがる悪徳(?)整形外科医の在籍する病院にも勤めていたことがありますが、今回のケースに関しては医師が手術を推奨したのは妥当だったと考えられます。
②遅きに失したリハオーダー票
私が所属するリハビリテーション科にRさんの外来リハオーダー票が回ってきたのは、受傷後8週が経過し、ようやくギプスが除去されてからのことです。
「もう少し早くオーダー出して欲しかったな…」というのが私の本音でした。
なぜなら、「動かせる部分だけでも、可能な限り早期から動かしておきたい」と考えるのがリハビリ専門職にとっては常識だからです。
手首の骨折の場合、こぶし~肘の上までを固定します。
詳細は割愛しますが、手首の動きにはその上下の関節も関連しているため、手首の固定だけでは骨折部がグラグラ動いてしまうからです。
しかし、関節は長期間動かさないでいると、拘縮(こうしゅく:硬くこわばること)を起こしてしまいます。
PTとしては、固定している手首や肘の関節はどうしようもないとしても、固定していない指先や肩の関節だけでも動かしたいですし、自主訓練としても自宅で行って頂くよう指導しておきたいと考えます。
それらの柔軟性を確保しておけば、ギプス除去後の手首の動きの回復にも多少の好影響があるものです。
案の定、オーダー票が来た時には手首はもちろんの事、右腕の関節全体が硬くこわばっていました。
手首そのものについては、レントゲン画像はもちろんの事、外観上も「変形治癒(転位したまま骨が癒合)」しているのが見て取れる状態でした。
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2.リハビリ専門職にできること
ここまでの経過について、医療従事者側に何か問題はあったのでしょうか?
①治療の選択権は患者さん側にあるが…
手術療法が推奨される骨折にもかかわらず、あえて保存療法が選択されたことについては、医師とRさんの間にどのようなやりとりがあったのか詳細は不明です。
手術しない事のデメリット(変形や痛みなどの後遺症が残る可能性)も含めて主治医がしっかりと説明し、その上で患者さんが選んだ結論であるなら特に問題は無いと考えられます。
骨が癒合するまでギプスで固定し様子を見るという方法は、医学的治療としては選択肢のひとつとして「有り」だからです。
逆に、もし医師がちゃんと説明していなかったとしたら「正しい情報に基づく判断」を妨げていたわけですから、「自分で選んだのだから仕方ないじゃないか」と突き放すのは酷と言えるかも知れません。
いずれにせよ、患者さん(ご家族)に対するインフォームドコンセントは非常に大切であると再認識させられます。
②PTにできる事を他職種に理解してもらうには…
医療機関において、PTは法的にも医師の指示が無ければ患者さんに介入することはできません。
受傷後8週で外来からオーダー票が発行され、そこで初めてRさんの存在を知った私には「直接的な」落ち度は無いと言えます。
ただ…ここに登場する主治医は、リハオーダーを出す時期が極端に遅いことで有名(?)でした。
この主治医に限らず、急性期リハビリの重要性についての認識が薄い医師は未だに存在しており、
ギプス巻いてる時期に、PTに何かできる事あるの?
と真顔で述べるような医師も…。
実際には、患部がギプス固定されている間にも指先や肩を動かして二次障害の予防に努めることは重要ですし、右手が使えなくても日常生活が自立できるよう代償的な動作の練習をするなど、PTやOTの役割はいくらでもあります。
もちろん、それで診療報酬を請求する事も可能です(整形外科疾患の場合、受傷日から150日間算定できます)。
そういう意味では、勤めている病院の中で「PTには何ができるのか?」という事を医師その他の専門職に理解してもらえるよう、通常業務のみならず院内研修会なども利用して積極的に発信していくべきでしょう。
そして、もっと早くRさんのリハオーダーを出してもらうためには、平素から医師と緊密なコミュニケーションを図る必要があったと思われます。
これは、私個人の責任というよりもリハビリテーション科という組織としての問題だったでしょうし、さらに広い観点では、PTという職能団体が抱える政治的課題でもあるとも言えます。
当時私はまだ役職の無いヒラのPTでしたが、少なくとも病院組織の中で医師に「もの申せる」くらいの地位と力量はやはり必要なのだという事も、実感させられた次第です。
ともかく、遅まきながらリハビリが始まったのですが…。
その後、ある悲劇がRさんを襲います。
<後編につづく>
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