すなおのひろば

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【すなおのPT失敗談:その4】橈骨遠位端骨折のリハビリ…<後編>関節を柔らかくするため患者さんが取った行動とは?

f:id:sunao-hiroba:20190517202117p:plain前回に引き続き、手首を骨折した外来患者・Rさんについての話をしていきます。

受傷後8週のリハビリ開始時点で、幸いにも骨の癒合状態はまずまずでした。

重量物を持ったり、全体重を掛けるような強い衝撃を与えない限り運動の制限は特に無く、「どんどん動かしていくように」というのが医師からの指示でした。

 

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3.前途多難のリハビリ開始

外来リハビリは通常、多くとも週3回くらいの頻度なのですが、Rさんに関してはほぼ毎日来院して頂き、手首および周辺の関節可動性拡大のための運動を行いました。

①可動域拡大運動と、日常の中での積極的な使用

ヒトの手首の関節は3方向への可動性があり、これを複合的に組み合わせて日常動作を行います。

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リハビリではこれらの可動範囲を拡げることを意識しつつ、手首の動きに影響を与える5本の指や肘、さらには肩関節も含めて柔軟性を高めます。

また、右手を使った日常生活動作の練習などもご指導しました。

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いくらリハビリ来院が毎日といっても、PTが関わるのは1日のうち長くても1時間程度でしかありません。

日常生活の中でどれだけ自分で積極的に動かしていけるかが、回復のカギになるのです。

②なかなか改善しない可動性と、頑固な痛み

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しかしRさんはご自身で動かすことを極端に怖がり、また痛みにもそうとう過敏で神経質になっている様子でした。

実際、変形の程度から見ても、おおげさではなく本当に痛かったのだろうと思います。

このような場合、関節が硬いからといって焦って強くストレッチを掛けたりすると、痛みで筋肉が過緊張してしまい、余計にこわばりが強くなったりします。

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それに、恐怖心を増幅させるのはリハビリのモチベーションをさらに下げてしまいます。

なので、PTが直接手を下すよりも、患者さん自身で痛みをコントロールする方法を取るのがベターです。

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ボールエクササイズは、自分で手加減しながら徐々に動かす範囲を拡げることが出来るので、非常に効果的です。

③Rさん、リハビリをあきらめる?

それでも、関節の可動性はなかなか思うように改善しません。

Rさんの手首は著しく「変形治癒」していたことから、ケガをする前の動きを完全に取り戻すことは困難であり、一定の後遺症が残る旨は主治医からも繰り返し伝えていたようです。

ただRさん自身は、そのことを受け入れているようには思えませんでした。

f:id:sunao-hiroba:20190517203635p:plainRさんはリハビリ中も、

「私だけ何でこんなに痛いの?」

「リハビリで頑張ったら、本当に良くなるの?」

といったことを繰り返し問いかけてきましたが、私はいつも返答に窮していました。

そしてリハビリ開始から1ヶ月経過した頃、パッタリと来院されなくなりました。

「全然良くならないので、あきらめてしまったのかなぁ…」

私は無力感に苛まれました。

 

4.リハビリに復帰したRさん、実は…

しばらく(3週間程)来院されなかったRさんが、ある日ひょっこり現れました。

①恐るべし、民間療法(?)の罠

少しやつれて、顔色もあまり良くありません。
右手の動きも以前と変わらず硬いままでした。

リハビリを行いながら、タイミングを見計らって尋ねてみました。

お久しぶりですね。お忙しかったんですか?

いや、それがね…ちょっと入院してまして。

えっ! それはまた、どうして?

胃潰瘍でね…。毎日、酢をコップ2~3杯飲んでたら胃が荒れてしまったみたいで。

ええ~っ!! 「酢」を!? 何でまた…。

酢を飲んだら、関節が柔らかくなると思って…。

…はぁ、そうでしたか…。


最近では「おいしいりんご酢」などと称して、飲料用の酢がペットボトルで売られていたりしますが、それでも5~6倍に希釈して飲むのが一般的かと思います。

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ところがRさんは、料理用の酢をストレートで飲んでいたようです。

う~む、「酢だこ」か「アジの南蛮漬け」じゃあるまいし…。

なかなか改善しない右手の動きに業を煮やしたのでしょうが、あまりの暴挙(?)に、私はただ言葉を失いました。

②調和で成り立つ人体の構造・機能

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PTとしての診療場面で、

「骨を強くするには、やっぱり牛乳とかちりめんじゃこがいいの?」

などと患者さんに聞かれることがよくあります。

骨はカルシウムだけで出来ているわけではありません。

基本構造はコラーゲン線維、すなわちタンパク質で成り立っています。

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また、骨の強度を保つには重力に抗して体重を掛けるという「荷重刺激」が必須であり、同時にビタミンDなどを活性化させるため適度に日光浴をすることも重要です。

また骨に栄養を送る血管など、循環系の働きも大きく関与しています。

そう考えると、

「骨を強くするにはカルシウム」

というのがいかに狭いものの見方か、ということに思い至ります。

健康を扱うテレビ番組で「がんにはシイタケが効く」などと喧伝し、スーパーのシイタケが売り切れたりするのは、医療従事者としてはちょっと首をかしげてしまいます。
公共の電波を使っているのなら、もう少し多角的な視点で健康問題を取り上げてもらいたいものです。

偉そうなことを述べていますが…そういう私自身、低下した一部の機能を回復させるには、

「バランスの良い食事と適度な運動で、全身の調和を図ることが最も大切」

という当たり前の事実にやっと気づいたのは、PTになって7~8年くらいの頃だったように思います。

③「クモの巣」をほどくには…

骨と同様、関節を構成している軟部組織(関節包・靱帯・筋肉)や軟骨なども、コラーゲン線維が多く含まれています。

手首には特に細かい軟部組織が縦横に張り巡らされています。

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ギプスで長期間固定していると、通常はきれいに配列しているコラーゲンがぐちゃぐちゃに絡まり、肥厚(ひこう:硬く分厚い状態)してしまいます。

これを患者さんには、

「関節にクモの巣が張っている状態」

と説明しています。

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人為的に関節を固定したラットなどの動物実験や、PTとしての臨床経験から総合的に考えて、

硬くなった関節が元の動きを取り戻すには「固定期間の約3倍」の時間が掛かる

と言ってよいでしょう。

Rさんにこれを当てはめると、8週×3=24週(6ヶ月)という事になります。


絡まったクモの巣をほどいて柔軟性を回復させるには、以下の3つが重要です。

1)関節の全可動範囲にわたって繰り返し動かす
⇒コラーゲン線維をほぐし、再び配列を整えることができる。
⇒滑液(関節液)の産生・吸収を促し、関節の動きを良くする。

2)自分自身の筋肉の力を使って動かす
⇒筋収縮により循環が改善、患部に栄養が供給され治癒を促す。

3)栄養バランスの良い食事摂取と全身運動
⇒屋外でのウォーキングは、疾患・外傷の回復に有効。


「他人任せのストレッチやマッサージ」などは、上記3つと比較すると大した効果は望めません。

やはり自発的にたくさん動かすことが、私の経験上、最も効果的のようです。

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5.PTとしての説明責任を果たしていたか?

f:id:sunao-hiroba:20190327131623p:plainRさんはその後、3ヶ月くらい来院して頂きました。

手首の可動性は、リハビリ開始当初よりも改善しましたが、元の状態の6割程度だったでしょうか。

患部の痛みも、スッキリと良くはなりませんでした。

そして最終的には「症状が固定した(これ以上は良くならない)」ということで、無念にも主治医からリハビリの終了が告げられてしまいました。


ある程度の知識や経験を得た今でこそ、Rさんにとって最も効果的なリハビリ方法について様々な視点から整理できるようになりましたが、その頃の私には

◆硬くなった関節とは、医学的に見てどのような状態か?

◆柔軟性を取り戻すには、どんな運動が効果的か? またその理由は?

◆一定の機能回復までには、どの程度の期間が必要か?

◆回復力を高めるには、どんな身体要素が必要か(栄養学的観点も含め)?

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このような「患者さんが疑問に感じる事」を、きちんと説明できていませんでした。

理路整然とした説明が無ければ納得がえられず、特に大人の患者さんは積極的にリハビリを行って頂けません。


患者さんの方から質問がなければ何も答えないという「待ち」の姿勢は、医療者にはふさわしくありません。

実際、患者さんは「白衣を着た専門職」に対し、遠慮している事も多いものです。

もっと私の方からRさんに話しかけ、疑問に感じている事を引き出し、不安な気持ちに寄り添う必要があったでしょうし、積極的に説明する義務があったはずです。

私たち医療者には、「察する能力」が常に求められるのですから。

当時の私にそういう姿勢があれば、

あのね、ちょっと聞きたいんだけど、酢を飲んだら体が柔らかくなるのかしら…?

といった言葉をRさんから引き出せたかも知れません。

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栄養学については私は専門外ではありますが、健康に関する事柄は一般論であれば医療者として端的に説明しても良いと思われます。

もしPTの権限を越えるような内容であれば、いったん主治医に返し、必要なら管理栄養士から栄養指導をしてもらうという方法もあります(Rさんの場合、栄養指導の算定要件を満たしていたかどうかは疑問ですが…)。


ともかく、健康維持・改善に影響を与える要因について、より多角的に考慮するきっかけとなりましたし、何より対象者とのコミュニケーションの重要性について再認識させられたケースでした。

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長くなりましたが…今回お話しした事例が、若手PTの方々や、一般の皆さまにも何かの参考になれば幸いです。

最後までご覧下さいましてありがとうございました。

 

 

www.sunao-hiroba.com

 

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