徐々に悪化していくHさんの状況に対し、定期カンファレンスでは看護ケア・PTアプローチともに「ADLを可能な限り維持しつつ、腰痛や精神的ストレスの軽減を図る」という方向性で話がまとまりつつありました。
そして次にOTからの報告が始まったのですが、F主任の発言に場の空気は凍りつきます。
※この記事以降、OTのF主任に対し批判的な内容が多く含まれます。特に現職のOTの方々は不快に感じられるかも知れませんが、一般論として全てのOTの仕事ぶりを非難しているわけではありません。悪しからずご容赦下さい。
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8.しらける雰囲気
F主任は、次第に低下していくHさんの身体機能について報告しました。
無論、その内容については他職種もすでに把握していることでした。
そして…
…現状、OTとしてはこれ以上する事がありません。
対象外 なので、介入を終了してもいいですかぁ?
私は思わず顔を見上げ、看護師長と主治医の表情に目を向けました。
看護師長の顔には一瞬、怒気が表れましたが、その後は「やれやれ…」といった風に、黙ってうつむいていました。
一方、主治医(リハビリ専任医)はいつも穏やかで、笑みを絶やさない「人格者」でした。
…うん、いいよ。分かった。
カンファレンスの座はしらけ、冷たい雰囲気のまま次の患者さんの話へと移っていきました。
9.作業療法士 F主任の背景
ここで、F主任の職員としての背景について触れておかなくてはならないでしょう。
元々、この病院のリハビリ科にはPTしか在籍していませんでした。
F主任は、新たに回復期リハビリ病棟を開設するにあたって全国的にも有名な「医療法人△△会」から引き抜いてきたOTでした。
※詳細は割愛しますが、回復期病棟の施設基準として一定数以上のOT・ST(言語聴覚士)が必要になります。
彼女は偶然にも私と同年齢で、リハビリ科では科長(PT)を凌ぐ最年長。
経験年数では私より6年先輩で、当時15年目。やはり全療法士の中で一番のベテランです。
得意分野は片麻痺の回復期リハビリで、「◯◯法」という治療手技を好んで使っていました。
その一方、整形外科疾患を担当することは一切なく、それらは全て部下に任せていました。
彼女としては、特殊な回復手技の使い手、すなわち「いち職人OT」として入職することを希望し、当初は主任の肩書きを拒否していたとも伝え聞きました。
それが結局、入職とともに科長に次ぐナンバー2、かつOT部門の責任者の座に納まるのですが、その辺の経緯についてはよく分かりません。
ともかく、主任として「鳴り物入り」で入職した彼女ですが、その仕事ぶりはお世辞にも役職者にふさわしいものとは言えませんでした。
第1話(①歩行器の是非を検討する)で、「非対称的な歩き方や過剰な努力をさせることで、片麻痺の回復に悪影響を与える」という考えに基づき、F主任がHさんの歩行器使用に疑問を呈したことを述べました。
片麻痺の回復訓練は対称性パターンを重視するとともに、オーバーワークにも注意する必要があるという事をF主任は言っています。
私も、PTとしてそのような考えには一理あると思います。
ところがF主任は、PTが負荷量を充分考慮して行なう「筋力・持久力トレーニング」のような科学的根拠のある運動療法を、
「非対称性とオーバーワークをただ助長するだけ」
「片麻痺の回復に百害あって一利無し」
とばかりに全否定するのでした。
F主任の考え方の是非については、ここでは本題から逸れるので詳細は述べません。
療法士にとって非常に難しい命題であり、少なくとも記事10本分(それ以上か…?)には相当するからです(^_^;)
ただひとつ言えることは、患者さんの状態に応じて様々な方法を使い分けたり、ミックスして用いるといった柔軟性が必要なのです。
少なくとも「どちらかが間違っている」という類いのものではないと私は考えます。
F主任が用いる「◯◯法」の◯◯の中には手技を開発した人物の名前が入るのですが、これが片麻痺の回復に有効であるという根拠は不明確です。
ある意味マニアックな手技と言えるのですが、一部の患者さんには適応できる場合があることも確かです。
私自身は、どちらかと言うと古典的で普遍性のある評価・訓練手法を用います。
格好良く言えば、公的医療制度の下、標準的な医療を提供するのが国家資格者の使命だと考えているからですが、かと言って異なる考え方を否定するつもりもありませんし、否定するほどの知識・経験もありません。
ただ、一方的にPTのやり方を全否定するF主任とは、結果的に議論が平行線になることも多かったです。
F主任と相容れないのは、医師・看護師も同様でした。
医師や看護師は、理学(作業)療法技術そのものについては詳細を把握しているわけではありませんが、それゆえに合理的な見方ができるとも言えます。
回復期病棟の開設当初、「病棟運営会議」が何度か行なわれていました。
その時、療法士の技術に関して自身の考えに固執するF主任を、リハビリ専任医がやんわりとたしなめようとしたことがあります。
それでも彼女は、
私は違うと思います!
こう言い放ち、聞き入れようとはしなかったのです。
他にも、F主任は定期カンファレンスを無断欠席したり、リハビリ科全体で実施する会議や勉強会に参加しない(OT部門だけで勉強会を立ち上げ、PTの参加を拒絶)など、組織の縦割りを助長するような言動が度々ありました。
カンファレンス無断欠席の際は、温厚な専任医もさすがにご立腹でした。
一方、リハビリ部門内の独断専行については科長がコントロールすべき問題です。
私はその時点で役職は付いていなかったものの、回復期専従のPTとしては実質リーダーの立場でした。
科長にはF主任に関連する問題点を逐次報告し善処を求めていましたが、「しばらく静観する」という感じで、事は好転しませんでした。
何か意図があったのかも知れませんが、私としてはもどかしい気持ちでした。
10.必要性の有無を判断するのは…
話をカンファレンスの場に戻しましょう。
F主任は、OT終了の是非について医師に最終判断を求める形を取ってはいるものの、実質的に「Hさんは作業療法の対象外である」と決めつけてしまっています。
これは非常に問題のある発言です。なぜなら、必要性の判断をするのは療法士ではなく、リハビリオーダーを発行する処方医だからです。
本来なら、主治医から
「今のHさんがOTの対象であるか否かは、キミが判断すべき事ではないよ」
とか、
「OTとして、Hさんに対し本当に何もすべき事が無いのか、もう一度よく考えてみなさい」
とたしなめられても仕方ないと思います。
Hさんへのアプローチについて「手詰まり感」を持っていたのは主治医も看護師も、PTの私も同様でした。
しかしそうであれば、それを認めた上で「他に何かできることはないか」と他職種に意見を求めるのが専門職としての謙虚な態度であり、チーム医療のあり方ではないでしょうか。
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11.不利益を被るのは誰なのか
看護師長も医師の手前、沈黙するしかなかったのでしょうが、言いたい事は山ほどあったことでしょう。
それでもF主任の言い分を黙って受け入れたのは、ハッキリ言って「やる気のない職員はチームから外れてもらった方がマシだ」という雰囲気があったからです。
それまでの経緯から、F主任をここで説得したり対話しても無意味だという感情が、カンファレンスに出席しているスタッフ全員の中に生まれていたような気がします。
私自身も「この人には何を言っても無駄」という諦めの感情が大半を占めていました。
あとは一個人としての怒りとか、上司として厳しく対処してくれない科長に対する不満など、私の心中には黒い感情が渦巻いていたのではないかと思います。
また、相手は主任、すなわち私の上司であるということも遠慮につながっていたでしょう。
しかし、Hさんの件では「積極的に関わる気が無いなら外れて結構」としても、F主任とチームを組んでアプローチする患者さんは他にもたくさん居るのです。
Hさんの件で、普段からF主任と私との間に全く意思疎通が無かったわけではありません。
同一の患者さんに対するPTとOTの実施時間は通常別々なので、相手の実施内容をつぶさに観察してはいませんが、互いに状況報告は行なっていました。
OTは対象外だから終了、などと発言するのはさすがに想定外でしたが、後で振り返ってみると「回復期の片麻痺リハビリ」のスペシャリストを自認し他の考えを寄せ付けない彼女が、回復するどころか日に日に悪化するHさんを「対象外」と考えるのはあり得る事でした。
結局、必要最低限の報連相は行なっていても、F主任がOTとしてどのように考え、どういう見通しを持っているのかを共有しないままカンファレンスに臨んだという事になります。
そして、看護師長と同様、ただ黙っているしかありませんでした。
こういう時には、「職員同士の連携が不十分だった時、最も不利益を被るのは誰なのか」という根本部分を忘れてしまいがちです。
強いて言えば、自分の身に良くない変化が起こりつつあることを感じ取っていたであろうHさんに対して、
「OTはもうアプローチできる事が無くなりました。対象外なので終了とします」
なんて、一体どの口で言えるのか。患者さん側はどう受け止めるのか? などと、Hさんの立場で考えてみたりもしました。
ただ、そんな考えなど後から取って付けたようなものです。
その時私は本当にHさんの事を第一に考えていたのかと問われると、甚だ疑問です。
もっとF主任とコミュニケーションが取れていれば、「OTとしてこういうアセスメントもして頂けないでしょうか?」といったことも、相手の気分を害することなく提案できたかも知れません。
しかし全般的に私は意思疎通が不十分でした。
苦手な職員と話し合ってでも、患者さんのために問題解決の糸口を探ろうという意思は無かったのです。
そのことを自覚した私は、「何のためにPTになったんだろう…」と、情けない気持ちになりました。
そして間もなく、Hさんは手術した元の病院へ再び受診することになったのですが…。
<第4話につづく>
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