今回は、松葉杖の長さ調節、および杖の扱い方を患者さんに説明する際の手順について解説します。
「指導手順」という観点から、記事の内容は主に医療従事者向けとなりますが、一般の方々にも参考になるかと思いますので、ぜひご覧下さい。
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1.構成パーツ・取扱い上の留意点
ここでは、松葉杖のパーツ名称と取扱い上の留意点について述べます。
※杖としての特性(長所・短所・適応疾患)については、過去記事(杖の種類と適応について)をご参照下さい。
1)各パーツの名称
※画像引用元:日進医療器株式会社
※呼称は多少の相違があります。当記事では上記の名称で統一してご説明します。
2)取扱い上の留意点
T字杖に関する過去記事(T字杖の選び方・長さ調節等について)を参考にして下さい。注意事項はほぼ同一です。
通常、医療機関では患者さんに対し、保証金をお預かりした上で一定期間貸与している事が多いですが、粗雑に扱われているケースもあるように思います。
フレーム・支柱の曲がり、ロックナットの緩みや固着、脇当て・グリップの劣化、杖先ゴムの摩耗などは、医療従事者が定期的にチェックしておく必要があります。
患者さんに対しては、杖の置き方をしっかりご説明しましょう。
普通、T字杖のようなストラップ等は付属していませんので、床にバタン!と倒してしまうことも多いですね。
2.長さ調節の基本
患者さんに関する情報収集・問診がひと通り済んだところで、杖の長さを合わせてみましょう。
1)全長の調節
まず、平行棒の中でまっすぐ立って頂きます。
※写真の人形は裸足ですが、実際は靴を履いた状態で合わせます。
脚の小指の外側15㎝あたりに杖をついた時、「脇当て」の上端と脇の下(腋窩:えきか)の間に「2~3横指」の隙間が空くよう、杖の全長を調節しましょう。
ここで最も注意すべきは、
「脇当て」で体重を支えてはいけない!
という事です。
脇の下には大事な神経や血管が数多く存在するため、圧迫すると手のシビレなどの神経症状が起こるケースもあるのです。
神経症状まで行かなくとも、脇の皮膚がこすれて痛くなったりします。
2~3横指の隙間を空けるのは、そういう意味合いからです。
なので、患者さんには「脇ではなく掌(グリップ)で体重を支えましょう」と、歩く練習をする最初の段階で特に強調して説明することが大切です。
後述しますが、脇当ての部分は体重を載せるのではなく、「二の腕で挟みつける」ようにして杖を安定させます。
2)全長を求める計算式は役に立つか?
かなり昔から、PTの間では以下の計算式が用いられています。
◆身長-41㎝(or 40㎝)=松葉杖の全長
例)身長170㎝の場合:170-41=129㎝
しかし実際には体格や姿勢、手の長さなど個人差がありますから、結局また調節し直さないといけない事が多いです。
なので、私の場合は身長170㎝という事前情報があれば
◆子供:SSサイズ
◆155㎝未満:Sサイズ
◆155~175㎝:Mサイズ
◆175㎝以上:Lサイズ
これを基準としてMサイズを出しておき、あとは患者さんに合わせて微調整するようにしていました。
余分な手間ヒマはできるだけ省きたいですからね。
3)グリップの高さ調節
必ず、全長の調節の後で行いましょう!
当たり前ですが、グリップの位置を決めた後で全長を調節すると、結局床からの高さが変わってしまうからです(^_^;)
同じく小指の外側15㎝に杖をついた時、グリップの上端が手首のライン(or 橈骨茎状突起)と一致する高さに調節しましょう。
この高さでグリップを握ると自然に肘が軽く曲がり、身体を支えやすくなります。
これもT字杖の時と同様ですね。
ただし、グリップの握り方はT字杖よりも少し意識させる必要があります。
※写真は内側から見ています。
特に完全免荷(片脚を完全に浮かせる)の場合、松葉杖で体重を支える比率が高くなるので、しっかり手首を返す(反らす)ようにして、掌(てのひら)で体重を受けます。
それに、手首を返すと自然に脇も締まり、二の腕で杖を挟みつけやすくなります。
4)最終決定は実際に使ってから…
上記の手順で長さを適合しても、いざ練習に入るとなかなか安定して歩けない事も…。
こういう時、すぐ「患者さんの習熟度の低さ(つまり、ヘタ)や身体能力の不足」を理由にするPTがいるようです。
実際、いくら頑張っても習得できない人は存在しますが、だからと言って患者さんのせいにしたところで問題は何も解決しません。
習得が困難な場合、松葉杖の調節が不十分であることを最初に疑ってみましょう。
以下、よくあるケースを3例提示します。
①松葉杖がグラグラして歩行が不安定な場合
全長が短か過ぎる可能性があります。
少し長めに調節し直してみましょう(もちろんグリップ高もそれに合わせて再調節します)。
基本通りの長さでも不安定なら、脇の下の隙間を1横指程度に詰めてみるのもひとつです。
少し窮屈にはなりますが、そのぶん安定性が増します。
「脇で体重を支えてはいけない」という原則には反しますが、グラグラと不安定なケースでは、
◆体重を支え、杖を挟みつけて安定させるだけの腕力に乏しい。
◆健側の脚の筋力やバランス機能にも問題がある。
このような不利を抱えている患者さんが多いものです。
脇をあえて窮屈にして、少しそちらにも体重を分散させた方がトータルで見ると安全、という考え方です。
②歩行時に杖先が床に引っ掛かる場合
こういう時は、全長が長過ぎる事が多いです。
床に引っ掛けずに出そうとするため、杖先を外から振り回すような動作になりがちです。
充分に腕力のある若年者であれば、むしろ「少し短いかな…」くらいの方が、杖の取りまわしは楽になります。
そのぶん安定性の面では不利なのですが、習熟度が高ければあまり問題にはなりません。
PTの私がもし脚をケガして松葉杖を使う事になれば、短か目に調節するでしょう。
③掌(てのひら)が痛くなる場合
特に「完全免荷で処方された女性患者さん」に多い現象ですが、ひどい場合、掌に水ぶくれが出来たりします。
まず、グリップの位置が高過ぎる事を疑いましょう。
グリップが高過ぎると手首の返しが難しくなり、掌で体重を支えにくくなります。
「横握り」になると掌の皮膚に剪断力(せんだんりょく:ズレの力)が生じ、水ぶくれに至るというわけです。靴擦れと同じ理屈です。
また、余計な握力を必要とするため、歩く際に疲れやすくなります。
全長をチェックした上で、グリップを1段階低くしてみましょう(ただし腕が伸び切ってしまうのは良くないです)。
それでも痛い場合、全長を長めに再調節します。理由は前述の通り、体重を他の部分にも分散させたいからです。
手が痛いからと言って、グリップに包帯を巻くなどして安易に解決しようとする医療従事者も多いですが、布状のものを巻くのは感染管理上、極めて不衛生です(~_~;)
「グリップに包帯」は最後の手段と思って下さい。
※ちなみに、グリップは低過ぎても手が痛くなることがあります。あくまでも「ケースバイケース」なので念のため申し添えておきます。
最初はピッタリ適合したと思っていても、時間が経つと問題が生じるケースもあります。
指導の最後に「もし不具合があれば再調節致します。ご足労ですが、またお越し下さい」と一言添えておきましょう。
3.指導・練習の手順(概略)
ここから指導手順の話に入りますが、次回の記事と重複し過ぎないよう、あえて概略に留めておきます。
悪しからずご容赦下さい。
1)平行棒内での練習
医師が指示する歩行パターンに則り、まずは平行棒の中でシミュレーションしてみましょう。
ここで大事なのは、医療従事者が先にお手本を示すことです。
患者さんにとって、「目で見る」のも重要な運動学習になるからです。
できるだけ分かりやすい言葉とともに実例を示し、その後、患者さんにもトライして頂きましょう。
この時、患者さんの運動能力・理解力をしっかり確認しておきましょう。
平行棒の中でさえも安定して歩けないなら、松葉杖は相当難航すると予測されます。
2)杖の持ち方→歩行→方向転換→椅子に座る&立つ
同様に、「目で見て学習」から入ります。
持ち方の注意点(二の腕で挟みつける・脇ではなく掌で体重を支える)は、最初に強調して説明します。
その後、私はよほど理解力に問題のある患者さんでない限り、「歩行・方向転換・着席~起立」まで一気にお手本を示しておきます。
歩く・回る・座るといった動作は関連性の高いものなので、一連の流れで説明した方が良いですし、指導時間の節約にもなります。
それでは、平行棒の対面から出て、松葉杖で歩き始めましょう。
ここで改めて「脇を締める・掌に体重を載せる」事を示しておきます。
歩行練習の際、指導者(介助者)の立ち位置はどこに…?
ケースバイケースではありますが、後方に位置するのが基本でしょう。
前方・側方では、患者さんの歩行を邪魔する恐れがあります。
後方(やや患側寄り)にピッタリ付き、必要に応じて腰のあたりを軽く把持すると良いでしょう(患者さんの了解を得てから触れるのが望ましいです)。
どこに位置するにせよ、前後左右、あらゆる方向への転倒リスクを想定しておくことが重要です。
方向転換まで行えたら、椅子への着席&起立を練習しましょう。
リハビリ室にはたいてい練習用の階段があることと思います。
あらかじめ階段の前に椅子を置いておき、そこに座って頂きましょう。
3)階段昇降
重要度・難易度が高いので、「目で見て覚える」必要性は高いです。
患者さんの休憩がてら、階段昇降のお手本を少なくとも2往復ぐらいは示しましょう。
「行き(上り)は良い良い、帰り(下り)は怖い(悪い)」
この原則をしっかり念押ししておきます。
私の推奨パターンは、まず手すりと杖を併用した昇降からの指導です。
これもT字杖と同様、手すり優先の原則に従っての事です。
介助者の立ち位置は、上り・下り動作ともに「階段の下側から」が基本です。
やはり、下方への転倒の方がよりリスクが高いからです。
もちろん、上・下どちらの転倒にも対処できるよう至近距離で準備しておくのは言うまでもありません。
ちなみに、手すり無し(松葉杖のみ)での階段昇降は難易度が極めて高いため、能力的に難しそうなら無理して行って頂く必要はありません。
ただし、当該患者さんの生活環境上、必要不可欠であれば手本だけでも示しておきましょう。
付き添い(同居者・保護者など)の方が居れば、その人にも見ておいて頂くと良いです。
方法を記載したパンフレットをお渡しするのも良いでしょう(私の職場では作成していました)。
インターネットが使える人であれば、参考になるウェブサイトや動画などを紹介しておくのもひとつです。
4)その他の動作
例えば「床からの立ち上がり&座り込み」など、患者さんの生活環境に応じて練習項目を考慮します。
ただ、あまり項目が増えると時間が掛かり過ぎるので、実際に行うかどうかは患者さんの疲労度などを総合的に勘案して決定しましょう。
5)留意点など
最低限お伝えすべき注意点を以下に挙げます。
◆杖の置き場所の注意(倒れないよう、角に立て掛ける or 寝かせる)。
◆滑りやすい路面(濡れたタイル・マンホールなど)はなるべく避ける。
◆坂道では歩幅を小さくしてゆっくり歩く。
◆エスカレーターはできるだけ避ける(やむを得ない場合は「健側アプローチ」で)。
◆雨天の外出時は別の移動手段を考慮する。
◆歩行が不安定な人は、必ず付き添い者が同伴する。
◆荷物は付き添い者が持つ(独りの時は、リュックやウエストポーチを活用する)。
特に、松葉杖歩行者のエスカレーター事故がよく起こっているようです。
やむを得ない場合を除き、エレベーターなど他の移動手段を使って頂きましょう(エスカレーター・動く歩道の乗り降り)。
他にも、「バイク・自動車の運転はしても良いか?」などの質問を受ける事があります。
PT等の医療従事者として、常識的な範囲のお答えはしても差し支えないでしょうが、微妙な場合は主治医から返答してもらう方が良いでしょう。
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4.さいごに
時間を掛けて練習してもなかなか習得できない場合は、どうすれば良いでしょうか…?
そんな時は直属の上司に報告の上、主治医と相談し、歩行様式の変更などを検討しましょう。
「完全免荷」から「つま先荷重」に変更しただけで、かなり楽に歩けるようになる事もよくあります。
松葉杖指導は、時間が経てば経つほど患者さんの疲労が強くなり、ますます習得が困難になるという悪循環に陥ることもあるものです。
杖の長さの調節・練習内容の簡略化など、あらゆる策を講じても
「生活環境から考慮して、これでは在宅生活は無理だな…」
と思われる場合、できるだけ迅速に(遅くとも40分以内)判断し、主治医に報告・相談する事が重要です。
「どうしても家に帰りたい」と頑なに主張する患者さんに対し、主治医が説得して入院に至ったというケースも何度か担当したことがあります。
例によって長くなり申し訳ございません。
次回は、いよいよ松葉杖による歩行・階段昇降の方法についてご説明します。
今しばらくお待ち下さい…m(_ _)m
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